
流した涙は数知れず。歴史を塗り替えた水戸で、大崎航詩が目にした新たな景色「これ以上ない恩返しになった」
水戸の歴史が動く瞬間は、刻一刻と近づいていた。
勝てば無条件でJ1初昇格が決まるホームでの大分戦。2-0のスコアで迎えた85分、右サイドからの鋭いクロスを大崎航詩が力強いヘディングではね返すと、水戸サポーターの声援のボルテージが上がった。
エアバトルを制する力は、森直樹監督からも折り紙付き。DFデルランを前線に据え、パワープレー色を強めた相手の放り込みをはね返す力は、体力的に厳しい時間帯を戦っていたチームに大きな勇気を与えた。それでも、試合後の大崎本人は涼しい顔だった。
「是が非でも失点をしたくなかったですし、そこにたまたま自分がいただけです。たぶん誰がいてもはね返していたでしょうし、むしろそれが今季のチームの強みです。37節分、積み上げてきたことが出たのかなという印象です」
歴史的なタイムアップは90+3分。クラブ史上初のJ1昇格を決めた瞬間、ゲームキャプテンの証を左腕に巻いていた大崎は、センターサークルで一礼した後、喜ぶチームメイトの姿を目の当たりにすると、そこから一気に涙腺が決壊した。
「最初は実感が湧かなかったのが、すべてです。正直、自分もあまり現実味がなかったのですが、みんなで喜んだ時に『みんなで昇格を成し遂げたんだなぁ』と遅れて実感が湧いてきたので、そこから遅れて込み上げてきたのかもしれません」
ひとしきりチームメイトやコーチングスタッフとJ1昇格の喜びを共有した後、大崎はベンチの横で小島耕社長と熱い抱擁を交わしながら涙に暮れた。長崎との首位攻防戦を落とした前節の試合後、ロッカールームに引き上げる大崎を両手いっぱい広げて待ち構えていた小島社長。「この5年間、自分のことをずっと見てくれていた」小島社長に結果で恩を返せたことが、なによりも嬉しかった。
「J1を掴めそうで掴めない試合が続いていたなかでも、その都度、小島社長からは『次だ、次だ』と声を掛けていただいていました。昨季、一昨季と残留争いで苦しい時期は、周囲からの風当たりが強いなかでも、矢面に立ってファン・サポーターの方々へ対応していただいたことを僕は全部知っています。そんな小島社長の思いを無駄したくないと思っているなかで、こうして昇格を決められて良かったですし、『よくやってくれた』と言っていただけたことがとても嬉しかったです」
一方で受け止める側の小島社長は、「喜びにむせび泣く大崎が見たい」と願ってきた1人。大卒5年目の生え抜き選手と共有したJ1昇格の感慨もひとしおだった。
「航詩が涙を流してロッカールームに戻ってくる姿をいつも見てきたので、たまには勝って一緒に喜び合いたいなと言っていたのですが、一緒に喜ぶが、一緒に泣くになりました。2人でめちゃめちゃ泣いていて、どんな言葉を交わしたか、分からない部分はあるのですが、航詩が『ありがとうございました』と言っていたから、『今まで一緒に戦ってくれてありがとう。本当に感謝している』と伝えると、航詩は『この瞬間、この景色を見られたのはクラブのおかげです』と言っていたと記憶しています」
他会場で長崎が徳島と引き分けたため、J2優勝の称号も手にした水戸イレブン。大崎はいつものように、試合後の儀式の1つとして、水戸サポーターが集結するエリアで応援する両親の下へと向かった。
「母はずっと泣いていましたね」と大崎。大阪からスタジアムに駆けつける両親の“指定席”は最前列なのだが、応援される側の大崎本人は「最前線のエリアを空けていただける寛大なサポーターの方々に感謝です」と頭を下げた。
シーズン途中からゲームキャプテンも務め、チームの「ターニングポイント」と森監督も位置付けたボランチへのコンバートは、水戸の昇格ロードを加速させたと言っていい。それでも、流した涙は数知れず。それだけ逆境も少なくなかった証だが、大崎は水戸サポーターの声援に背中を突き動かされてきたという。
「僕はこのクラブに育てていただきましたし、ファン・サポーターの皆さんが自分を支えてくれたおかげで、期待してくれたおかげでここまで戦ってこられました。お互いに目ざした景色(J1)に行けるということで、これ以上ない水戸ホーリーホックへの恩返しになったと思います」
J2在籍26年目での卒業。クラブの歴史を塗り替えたチームの中心には、大崎航詩がいた。
取材・文●郡司聡(スポーツライター)
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