名越 太平洋戦争は終戦まで3年9カ月かかりましたが、ウクライナ戦争も11月24日で3年9カ月経ちます。今の状況は本を書かれた時点(23年8月刊)から変わっていますか?
古川 ドローンやミサイルによる無差別攻撃がひどくなっていて、犠牲者が増えています。エネルギーインフラも破壊されて、キーウは1日に7、8時間は計画停電です。ガスや電気が止まって暖房が効かないのは何度も経験していますけど、この10月には初めて水が止まって、これがいちばんつらいと実感しました。厳しい冬になると思います。
名越 そういう生活が長期化すると、市民も疲弊しますね。
古川 でも、キーウにいらしたら驚くと思いますよ。僕の家は街の中心部にあるんですが、市民がカフェで語り合っていたり、ストリートミュージシャンが歌っていたりしています。
名越 スーパーやレストランもやっているんですか?
古川 キーウが解放されて以降は、スーパーに何でも売っていますし、レストランも開いています。僕はパンが好きなんですけど、新しいベーカリーが開店していてすごくおいしいです。街はひどい状況だと思われているかもしれませんが、普通の生活もあります。もちろん、みな疲れているし、先行きに不安を感じています。それでも「今ある時間を生きるんだ」と、前向きに生活していると思います。
名越 志願して戦争に行く人も多いと書かれていますが、今はどうですか?
古川 「行きたくない」という人も増えています。そのうちの7割ぐらいは自分から行くことはないけど、徴兵令状がきたら受け入れるという人。残り3割は絶対嫌だと思っている人です。僕の友人にも街で軍の人に捕まらないよう、アパートから出なくなった人もいます。彼から「お前は外国人だから戦争に行かなくていいし、自由に国外に出られていいよな」とうらやましがられました。
名越 戒厳令下で、ウクライナの23歳から60歳の男性は原則として国外への出国が禁止されています。彼はその後、どうなりました?
古川 街で捕まったんですけど、訓練所に向かう途中のマイクロバスから飛び降りて逃げました。カルパチア山脈を越えて密出国して、ヨーロッパのどこかにいると思います。
名越 古川さんは今でも、キーウを出ようとは思いませんか。
古川 家族が動かないということもありますけど、侵略に抗あらがって戦う人たちと接して、東京よりもキーウにいたいと思うようになりました。この戦争の結果は世界の今後を左右すると感じています。だから、最後まで見届けたいという気持ちもあります。
ゲスト:古川英治(ふるかわ・えいじ)ジャーナリスト。1967年茨城県生まれ。93年、日本経済新聞社に入社。商品部、経済部、モスクワ特派員、国際部編集委員などを経て、21年に同社を退社、フリーランスに。同年12月からキーウ在住。オックスフォード大学大学院ロシア・東欧研究科修了。著書に「破壊戦 新冷戦時代の秘密工作」がある。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。

