日中外務省アジア局長定例協議での中国人外交官の仕草が、大きな論議の的となってきた。11月18日、両手をポケットに入れたままで日本側の金井正彰アジア局長を遇した劉勁松アジア局長の態度が外交官にあるまじき非礼として、多くの識者から指弾されている。
これは非礼の極みか。そのとおりだ。カメラの前で外交官がとる姿勢として常軌を逸しており、「今や中国は大国だ」と増長し、自信過剰に溺れている共産党幹部、中国人民に対して「言ってやった」「やってやった」とばかりにアピール。国内向けの姑息で安直な振る舞いだった。
では、この場面は切り取りか。そのとおりだ。日中両政府間の事前の打ち合わせにはなかった場面でメディア取材が入り、この写真が撮られたと報じられている。中国側が自分たちに有利に働くように、劉局長がポケットに手を入れたまま説教し、金井局長が頭を垂れて話を聞いているかのように見えるこの絵柄を最大限、利用したのは間違いない。
日本国内では劉局長の振る舞いに非難轟々だ。こんな写真をバラまくことが世界にどういう印象を与えるか理解できない中国共産党は全くもって感覚がずれており、これでは仲間を増やすことができない、との議論はよくわかる。
だが、そこで止まっては駄目だ。コトは情報戦、認知戦にかかわるからである。
中国が今、展開しているのは議論の焦点を薛剣大阪総領事の「高市斬首暴言」からそらし、その元となったとされる高市早苗総理の国会答弁に向けようとすること。すなわち、高市総理が具体例を示して台湾事態が存立危機事態にあたりうるという「前例のない答弁」をしたがために、中国側は反応せざるをえなかった、という構図を作り出そうとしている。そして高市答弁の釈明に来た金井局長を劉局長が教え諭した、としたい。中国外交お得意の論点すり替えであり、だから万が一にでも答弁撤回などしたら、中国側の思う壺なのだ。
ものの見事にはまってしまった、という反省こそ必要だろう。今やっているのは笑顔で握手して終わる「外交ごっこ」ではない。平時の戦なのだ。どの画像が切り取られて使われるかわからないとの覚悟で、全身全霊を張り詰めて立ち居振る舞うべきだった。
そもそもこの段階でなぜ、日本側からわざわざ北京に行ったのかという問題は残るが、日の丸を背負って乗り込んだ以上は背筋を伸ばし、頭を上げ、相手の目を見据えて対峙してほしかったと思う日本人は、私だけではないだろう。
そして高市答弁が問題というなら、中国が台湾問題の平和的解決を放棄し、武力の行使を何度もチラつかせてきたからこそ、日本は対応せざるをえないのだ、と反論してほしかった。
なぜこんなに弱いのか。あるいは、弱く見えてしまうのか。ひとつは日本人が国際舞台に場慣れしておらず、ボディ・ランゲージの仕方をわきまえていないことが大きい。金井局長の肩を持つならば、これは彼だけではないのだ。
石破茂前総理は習近平国家主席の片手を、両手で包み込むように握手した。岩屋毅前外相は仏頂面の王毅外相を横に、ヘラヘラと笑いながら写真に納まった。
だが、金井局長は職業外交官だ。政治家とは異なる素養を持ち、訓練を受けてきたはずだ。それがなぜ駄目だったのか。
簡単だ。今の外務省全体の意識が低いのみならず、大使をやっていないからだ。東京の本省勤務ばかりにかまけ、局長に昇進したものの、大使はおろか総領事も経験していない。ということは総理、大臣など政治家の黒子として動くばかりで、自らの一挙手一投足が注目される場に身を置いた経験がないのだ。
外務省の後輩たち、そして他省庁や企業の有為の人材がこんなザマにならないよう、自分の駐豪大使時代の経験を「中国『戦狼外交』と闘う」(文春新書)で詳細に記録している。今こそ教訓にしてほしいと願う。
●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年に外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、ワシントン、香港、ジュネーブで在勤。北米二課長、条約課長の後、2007年に茨城県警本部警務部長を経て、09年に在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年に国際情報統括官、経済局長を歴任。20年に駐豪大使に就任し、23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)、「官民軍インテリジェンス」(ワニブックス)などがある。

