
【三浦泰年の情熱地泰】辛い結果は成長前の大きな試練。この出来事を力に変えて前に進んでいく
早いもので12月。
60歳という節目な年の12月1日はとても寒い日になった。
毎朝、ウォーキングとジョギングを40分くらい習慣にしている僕にとって、今日の朝は最近の中では肌に感じる寒さはそれ程でもなかったが、やはり心は寒かった。
11月30日(日)アトレチコ鈴鹿クラブは、地域リーグ降格が現実となった。
ここまで鈴鹿をJFLというカテゴリーに引き上げ継続してきた人たち、そして未来に大きな夢を抱き、応援し続けてくれる人たちにとって、私の力不足により、このような結末になった事、本当に悔しく申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「サッカー我が人生」でやってきた自分にとって、これまでもいくつかの大きな試練があった。
18歳で味わった全国高校サッカー選手権大会静岡予選決勝で1-6という大量失点で負けた屈辱。
93年、アメリカ・ワールドカップ予選。日本のW杯初出場まであと数秒という場面での失点。ドーハの悲劇。
2001年、アビスパ 福岡で毎年、残留争いをネタにされたクラブを飛躍させた翌年に、キャプテンを任されながらも力不足で降格。
そして昨日、JFLから地域リーグへ降格、来季は東海リーグを戦うことになり、私にとって大きな挫折となった。
選手権で勝てなかった時は、ブラジル行きを決めた。
ドーハを経験してプロとして悔いのないように我を通す選手人生を決意し、毎試合がこれで引退試合だと思って走った。
そしてアビスパ福岡は離れてはいけないと分かっていながら強い意志で最後のチャレンジの場を探し、移籍を決意した。
選手時代の経験ではあるが、これは僕にとって「挫折」とは当時、感じておらず、大きくジャンプするための、前に必死に走るための試練のようなモチベーションとなっていった。
さらに、その延長上で指導者の道を選び、プロ監督になることを選んだ。一昨日の敗戦は、今までの立場とは違うだけに、殊更に脱力感と挫折感を強く感じている。
それだけに、またこの出来事を力に変えて、ゆっくりでも良いから進まなければならない。その事だけは分かっているのだが……。
60歳という年齢が自分を弱くし、優しくし、パワーを失い、限界を決めてしまいがち…そうなってはいけないという心の声を響かせ朝から鈴鹿の白子の海岸を駆け抜けた。贅沢かもしれないが、まだまだ走り続けたい。
これは成長前の大きな試練。乗り越えれば自分は成長できると信じたい。
今回のチャレンジは色んな経験を活かしてのトライであったが、それでは高速な進歩を成し遂げている世界のサッカー界、日本のサッカー界では通用しない。
これは選手もコーチもまたは関わるスタッフ、もしかしたら株主、役員も同じであろう。もっと追求して学んで、たくさんサッカーを見てサッカーを今より、いや、昔より好きにならなければいけない。
先ずは5年間の鈴鹿をしっかり振り返り、前へ進むべき時をしっかり歩みたい。そして次はハッピーなたくさんの人の顔を見られるように。
まだ努力が足りない。と言い聞かせて朝のランニングを終えた。シーズン通して支えてくれた全ての人達に感謝の気持ちを込めて……。
「ありがとうございました」
12月は良い月に――。そして少し早いが、良い年をお迎え下さい。
2025年12月1日
三浦泰年
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