栽培場から来たキノコが野生で最強になった理由

なぜタモギタケが菌の多様性の低下に関わる一因になりうるほど強力な存在になれたのでしょうか?
乳牛や鶏のブロイラーなど人間によって食料源として品種改良された生物は、通常飼育下を離れては生き残れない貧弱な存在です。
もし牧場のフェンスが突然消えても、野生の森や草原で、彼らがいきなりたくましいサバイバル生活に切り替わる…という未来は、あまり想像できません。
いったいなぜ、牛や鶏は「箱入り」でキノコは「野に放てば無双」なのでしょうか?
ここで、人間の「栽培」が何をしてきたかを比べてみると、動物とキノコで真逆になっていることが見えてきます。
乳牛やブロイラーでは生存やスムーズな繁殖など野生で必要な能力はあまり重視してきませんでした。
牧場を出る前提がないからです。
ところが栽培キノコの場合、人間が欲しがってきたのは「素早く育つ繁殖力、少しぐらい温度や湿度が変わっても問題ない耐性、栽培場に入り込んだカビに負けずに育つ競争力、栽培地の表面を素早く覆い尽くす占有力、一度植えたら何度も何度も子実体(キノコの傘)を出してくれる胞子拡散能力の強化」でした。
これらは栽培者から見れば、「失敗しにくい・収穫が安定する・安定して育てられる・収穫量も多い」というありがたい特徴です。
ところが生態学的に見れば、これはそのまま「どんな環境でも素早く広がり、ライバルの菌を押しのけてエサ場を独占できる性質」です。
人間にとって都合のいいキノコを作り出したところ、それが期せずして最強のキノコとしての要件を満たしてしまったのです。
もう一つ、キノコが有利なのは「逃げたあとに必要なものがシンプル」な点です。
乳牛やニワトリが野生化するには、広い草地や水場、捕食者のいない環境、仲間の群れなど、本当にたくさんの条件がそろう必要があります。
繁殖にも時間がかかりますし、1頭1羽が失われる重みも大きい存在です。
でも、タモギタケが必要とするのは倒木や丸太のような死んだ木とそこそこの湿り気だけです。
森のあちこちにすでに「空き部屋」があり、そこに運よく菌糸や胞子が届きさえすれば、あとはじわじわと内部を埋めていくことができます。
敵もいないわけではありませんが、主なライバルは同じ木をねらう他のキノコやカビです。
栽培場で「カビに負けない強い株」が選ばれてきたタモギタケは、そのまま野外でも菌同士の競争に強い戦闘力を持ち込むことになります。
この変化は、単に「森で見かけるキノコの種類が少し変わる」という話ではありません。
木の分解のしかた、炭素がどれくらい早く大気に戻るか、そして将来の薬のタネになるかもしれない物質が生まれる場が減ってしまうことなど、森の“見えないインフラ”全体に波紋を広げる可能性があります。
フロリダ大学の研究者は、タモギタケが南の州へじわじわ広がっている状況について「ゆっくり南下していて、本当にぞっとします」とコメントしています。
もちろん、原産地である日本の森でタモギタケを食用として楽しむこと自体が悪いわけではありません。
しかし、「人間の便利さを優先して外来の菌を世界中にばらまくと、その先でどんな町内会の乗っ取りが起きるのか」という問いは、きのこに限らず多くの生き物に当てはまりそうです。
今後はキノコ栽培の在り方も見直しが必要かもしれません。
例えば、屋外への胞子飛散を防ぐ工夫や、そもそも外来種ではなく各地域の在来キノコを育てる選択肢などが提案されています。
私たち人間は、とかく目に見える派手な問題(動植物の外来種など)には気を配りますが、足元の森で起きている静かな異変には気づきにくいものです。
この研究は、「おいしい外来種」にもご用心というメッセージを私たちに突きつけています。
元論文
Invasive golden oyster mushrooms are disrupting native fungal communities as they spread throughout North AmericaIsolation marketing: Social isolation and virtual gift donation intention
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.06.049
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

