
NASAの小惑星探査ミッション「OSIRIS-REx」が持ち帰った小惑星ベンヌのサンプルから、驚くべき化学物質が見つかりました。
それは人間の脳内で、幸福感や安らぎを生む神経伝達物質セロトニンの材料となる必須アミノ酸「トリプトファン」です。
もし科学的に断定されれば、地球外サンプルからトリプトファンが見つかるのは史上初になります。
研究の詳細は2025年11月24日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されました。
目次
- 小惑星ベンヌに「生命の前駆物質」が存在?
- 宇宙がもたらす生命の材料
小惑星ベンヌに「生命の前駆物質」が存在?
これまでの研究で、リュウグウやベンヌなどの小惑星からは、多様なアミノ酸や核酸塩基(DNA・RNAの材料)が検出されてきました。
特にベンヌでは、生命の遺伝情報を構成する5種類すべて(※)の核酸塩基が確認されています。
(※ アデニン:A、シトシン:C、グアニン:G、チミン:T、ウラシル:U)
今回NASAとアリゾナ大学の研究チームが行った最新の分析では、過去研究で確認されていた14種類のアミノ酸に加え、複数の核酸塩基が再び検出されています。
さらに驚くべきことに、複数のサンプルの領域から「トリプトファン」の微弱なシグナルが検出されたのです。
トリプトファンは人間が体内でつくれない必須アミノ酸であり、地球では主に肉・魚・卵・乳製品・ナッツなどの食品から摂取します。
脳ではこれを使ってセロトニンとメラトニンを合成し、気分の安定や睡眠リズムを整えるなど、生命活動に不可欠な働きを担っています。
通常、トリプトファンは熱や衝撃に弱く、隕石として地球に落下する過程ではほとんど破壊されてしまうと考えられています。
そのため、これまで隕石からは一度も検出されていませんでした。
しかし小惑星探査ミッション「OSIRIS-REx」は、小惑星表面で直接サンプルを採取し、保護カプセルで地球へ運びました。
これにより、地球大気突入時の高温を受けず、宇宙空間そのままの状態を保ったアミノ酸を調べることが可能になったのです。
宇宙がもたらす生命の材料
今回の発見が示すのは、単なる「物質の発見」ではありません。
研究者たちが注目したのは、トリプトファンのような繊細な分子が、生物とは関わりのない環境で自然に形成され得るという点です。
つまり「アミノ酸がある=生命がいた」という証拠にはならないという重要な含意があります。
今回、小惑星ベンヌから検出されたトリプトファンは、地球の生命に欠かせない分子が、宇宙の岩石の中でも形成され得ることを示す貴重な証拠です。
「私たちの脳で幸福感を生む分子が、かつて宇宙から地球へ降り注いだかもしれない」
そう考えると、生命の起源は、宇宙と地球が共同でつくり上げた壮大な化学反応だった可能性が見えてきます。
参考文献
Molecule Vital to Happiness Found in Material From Asteroid Bennu
https://www.sciencealert.com/molecule-vital-to-happiness-found-in-material-from-asteroid-bennu
元論文
Prebiotic organic compounds in samples of asteroid Bennu indicate heterogeneous aqueous alteration
https://doi.org/10.1073/pnas.2512461122
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

