最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
映画「父と僕の終わらない歌」が映し出す介護の葛藤、人生の夢寺尾聰と松坂桃李が紡ぐ「歌」と「絆」の物語

映画「父と僕の終わらない歌」が映し出す介護の葛藤、人生の夢寺尾聰と松坂桃李が紡ぐ「歌」と「絆」の物語

映画「父と僕の終わらない歌」
映画「父と僕の終わらない歌」 / (C)2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会

アルツハイマー型認知症を患った父が、歌う時だけ"いつもの父さん"に戻る――奇跡のような実話をベースに描かれた映画『父と僕の終わらない歌』のBlu-rayとDVDが、12月3日(水)に発売される。本作は失われゆく記憶と避けては通れない介護の現実という重いテーマを正面から捉えつつ、「音楽の素晴らしさ」と「家族の愛情」という普遍的な力によって人生に再び光を灯す希望の物語。なぜ本作がこれほどまでに人々の心に深く響くのか、その感動の構造を考察する。

■「歌」が開く記憶の扉

寺尾聰演じる父・間宮哲太は、かつてレコードデビューを夢見たほど歌が大好きだった。だがある日、自身が認知症の症状に見舞われていることを自覚する。妻も、息子も、愛する人々を次々に忘れていくしかない…それは絶望の宣告だった。しかし家への帰り道は忘れてしまっても、カーステレオから流れる懐かしいメロディ、かつて歌い慣れたジャズだけは自然と口から流れ出る。

アルツハイマー型認知症を安定させる鍵は、かつて父が愛した音楽にあると気づいた松坂桃李演じる息子・雄太。車に乗って歌う姿を動画に撮影してSNSに投稿してみたところ、父の病状もあって人気は爆発的に広がった。ある種ドラマチックな物語性もあって世間に浸透していく2人だったが、ある思いがけないトラブルによってピンチまで呼びこんでしまう。

同作は単純な闘病記でも、音楽を通じて思いがけずスターダムを駆けあがるシンデレラストーリーでもない。病気、家族、夢、積年の想い…さまざまな人間らしさが複雑に絡み合う、“どこにでもいる家族のわずかなひと幕”を切り取った作品だ。だからこそ、多くの人に「認知症と家族」「明るく笑うことの大事さ」「決して消えない絆」といったテーマを“自分ごと”として考えさせてくれる。

■葛藤の先に結ばれる親子愛

同作は音楽の奇跡を描きながらも、その土台には息子・雄太が背負う「介護の現実と家族の葛藤」というリアルで切実なテーマが横たわる。楽しいできごとのさなかでも脳裏にこびりつく、「先の見えない介護」という不安だ。

雄太はイラストレーターという場所を選ばない仕事柄、認知症とわかった父を支えるために実家へ戻る。認知症はときに人格まで蝕む。優しく、大らかで、大きな悩みも受け入れてくれていた父。その口から出てくる暴言は、“病気のせい”とわかっていても家族の心を大きくえぐるものだった。

雄太は認知症による混乱や徘徊といった行動に直面しても、我慢強く耐えていた。その姿からして長く紡いできた信頼と絆が垣間見えるというものだが、父から“ある言葉”が出てくるシーンではさすがに苦しさから家を飛び出してしまう。介護を経験した人々にとって、このシーンは胸が締め付けられるほどリアルに響くだろう。

そんななかで雄太が諦めなかったのは、松坂慶子演じる母・律子の存在も大きい。衝動的な暴言を受け止め、ときには暴力すら振るわれながらも、凛として哲太を支え続ける律子。“夫婦2人でなんとかなる”と、繊細で心配性な雄太との対比はまさに年の功といったところ。そうした家族の強い絆があればこそ、かえって哲太の記憶が失われていく日常の一コマ一コマが切ない。

だが重くのしかかる「認知症」というテーマを根底にしながら、同作を見終えたあとには“笑顔”が印象に残る。音楽の力、支え合える地域の仲間の存在、無関係だった人のささやかな善意。息苦しい病との戦いに立ち向かう家族は、同作の“看板曲”でもある「Smile」の“悲しい時でも辛い時でも笑顔でさえいれば乗り越えられる”というメッセージを体現している。

現代社会に重くのしかかる「介護」という問題。現実に多くの人が悩まされている問題は、気の持ちようで解決できるほど簡単なものではない。だが向き合う側の心によっては、袋小路に見えていた未来に“先”があると気付ける場合だってある。同作は介護問題の解決を呼びかけるものではないが、それでも一筋の光を感じさせてくれる物語だ。

■音楽映画の旗手・小泉監督が描く希望と名優たちの熱演

本作の監督は、「タイヨウのうた」や「ちはやふる」シリーズで知られる小泉徳宏。小泉監督は音楽をテーマにした作品において、登場人物の感情と映像美、そして音楽を巧みに融合させる手腕に定評がある。

小泉監督は単に寺尾聰の歌声をフィーチャーするだけでなく、哲太の歌が周囲の人々に与える影響を丁寧に描く。雄太たちと同じように、いやそれ以上に哲太自身も不安を抱えていた。そんななかで鮮明に思い出せる懐かしい歌の数々は、哲太と周囲すべてを元気づける特効薬だった。

そして俳優陣たちの名演もまた、同作を語るうえで欠かせないファクターだ。寺尾の自由闊達な雰囲気は演技にも表れていて、公式ページにもアドリブを多く取り入れていったことが書かれている。そこに松坂慶子がさすがの対応力であわせ、松坂桃李もなんなく合わせていく。自然な家族のやり取りを演出するために、セリフだけでなく動きまで監督に提案していくメインキャストたち。支え合ってきた歴史まで感じさせる、“間宮家”の空気を生み出した。

忘れられない名シーン…雄太が混乱に苛まれる父に向けて紡いだ「戻ってこいよ」というセリフ1つとっても、監督の指示に120%の力で応えたという松坂桃李。テストでは焦燥感が先走っていた言葉が、「もっと祈るような気持ちを強めに」という注意で“絞り出すような”演技に変わったという。

映画『父と僕の終わらない歌』は、認知症という厳しい現実を背景に置きながらも決して絶望を描くことはない。そこにあるのは記憶や病気を超えて響き合う、音楽の持つ圧倒的な生命力と、家族という無償の愛の力だ。

寺尾聰の魂の歌声と松坂桃李が演じる等身大の葛藤を抱える息子の姿は、観客一人ひとりに「自分にとって家族とは何か」「人生の夢とは何か」という問いを投げかける。そこに紐づいているのは言葉かもしれないし、または音楽かもしれない。雄太と哲太の間にあったのは、いつまでも繰り返し流れ続ける「終わらない歌」だった。

同作のBlu-ray特別版では、本編のほか寺尾聰×松坂桃李×松坂慶子というメインキャスト3人へのインタビューなど貴重な特典映像を収録。同作を鑑賞した人はきっと大切な人との絆を振り返り、自分との間に流れる「終わらない歌」を思い出すことだろう。

あなたにおすすめ