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【小説「喫茶クロス」第10話】手探りのなかで、大切にしたいこと

【小説「喫茶クロス」第10話】手探りのなかで、大切にしたいこと

5文字の贈り物

2019年 1月31日

年が明け、真冬の寒さが身にしみる日だった。

閉店間際、喫茶クロスに現れたのはハスミさんだった。

久しぶりに会うハスミさんの髪は、以前よりもさらに長く伸び、肩を越えていた。あのとき、映画の制作が順調に進んでいると聞いていたはずなのに、表情には明らかに疲れの色が浮かんでいる。仕事仲間との意見の衝突、そして自身の表現や脚本に納得がいかず、結局、制作は延期になったらしい。元気をなくしているのが痛いほど伝わってきて、紬は心配になった。それでも、やはり彼女は強い人だ。手探りの中で何が譲れないのかを必死に考え、生きている。

ハスミさんは、温かいコーヒーをゆっくりと飲み干し、静かに語り始めた。

「正樹さんが大変なとき、つむちゃんがこの店を守ってくれてたのね。立派だよ。あーあ。私、何やってんだろうね。誰かと一緒に仕事をするのは大変だけど、それ以上に、自分一人じゃ決して味わえない経験ができるし、想像もしなかった景色が見れるって、知っていたはずなのに。……よし、決めた。私も頑張るよ。また一から作品を創る。今度こそ、出来上がったら、観に来てね」

ハスミさんはそう言い残し、店を出た。寒そうに首元に巻かれた真っ赤なマフラーが、冬の夜に鮮やかに映える。振り返った彼女は、白い息を大きく吐きながら、唇をゆっくりと動かした。

「あ り が と う」

配信元: パラナビ

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