
ワインは一般的に、ブドウ果汁にアルコール発酵性酵母を加えることで醸造されます。
その一方で、レーズン(干しブドウ)を水に漬けておくだけで、自然にアルコール発酵が進み、ワインのような酒ができてしまうのをご存知でしょうか?
その仕組みはこれまで謎めいていましたが、京都大学の研究チームが秘密の一端を解明しました。
研究の詳細は2025年11月25日付で科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されています。
目次
- レーズンに潜む“発酵職人”たち
- レーズンを水に漬けるとワインになる仕組み
レーズンに潜む“発酵職人”たち
現代のワイン造りでは、ブドウ果汁に「アルコール発酵性酵母(代表例:Saccharomyces cerevisiae)」を人工的に加え、安定した発酵を進めるのが一般的です。
ところが、古代や中世のワイン造りでは、酵母を「添加」する技術はありませんでした。
原料となるブドウやその果皮、もしくは大気中に存在する微生物が自然に発酵を起こしていたのです。
しかし近年の研究で、ブドウの果皮にはアルコール発酵性酵母(S. cerevisiae)はほとんど存在しないことが分かってきました。
では、なぜ人類は古代からワインを造ることができたのでしょうか?
ここで重要な役割を果たしていた可能性があるのが「レーズン」です。
レーズンは、保存のためにブドウを天日干しした食品で、19世紀のヨーロッパではパン酵母の“天然の供給源”として利用されてきました。
「レーズン酵母」と呼ばれるほど、その表面には多様な発酵性微生物が棲みついていたのです。
そこで研究チームは、市販のブドウとレーズンを比較し、微生物叢(さまざまな微生物の集まり)の違いを詳細に調べました。
その結果、レーズンにはアルコール発酵性酵母――特にLachancea属やSaccharomyces属など――が豊富に定着していることが分かったのです。
一方、生のブドウにはカビ(糸状菌)が多く、発酵に向く酵母はほとんどいませんでした。
レーズンを水に漬けるとワインになる仕組み
チームは、レーズン75グラムを滅菌水225ミリリットルに浸して常温で静置し、発酵の様子を観察しました。
3日ほど経つと気泡(二酸化炭素)が生じ、レーズンがぷかぷかと浮き上がってきます。
これは酵母が糖を分解し、アルコールとガスを生み出している証拠です。

14日間の発酵実験で、レーズン水のグルコース(ブドウ糖)はほぼ消失し、エタノール(アルコール)濃度は8%にまで達しました。
つまり、レーズンと水だけで「ワインのような酒」が自然にできあがったのです。
発酵の過程を調べると、はじめはレーズン由来のさまざまな酵母やカビが活動していましたが、発酵が進むとZygosaccharomyces属やSchizosaccharomyces属といったアルコール発酵性酵母が主役に。
これらが競争に勝ち抜き、アルコール生産を担うようになっていました。
さらに、ブドウを「乾燥機」「半天日干し」「天日干し」の3パターンでレーズン化し、それぞれのレーズンを水に漬けて発酵を比較したところ、天日干しがもっとも強く発酵し、外部からやってきた酵母が新たに定着することも明らかに。
自然の中で干されたレーズンほど、発酵に適した“発酵職人”の微生物たちが増える、というわけです。
ワインの起源に迫る新しい視点
今回の発見は、「ワイン酵母はどこから来たのか?」という食文化史の大きな謎にも答えのヒントを与えてくれます。
生のブドウには少ないはずの酵母が、天日干しされたレーズンには豊富に定着し、それを水に漬けるだけで自然にワインができあがる。
もしかすると、保存用の干しブドウを水に戻すという古代の知恵が、ワイン誕生の原点だったのかもしれません。
今後は、レーズンに酵母が定着する仕組みをさらに解明することで、個性豊かな新しい発酵食品やフードロス対策にもつながる技術が生まれることが期待されています。
自然と人間が織りなす「発酵」という知恵の物語は、これからも私たちの食卓に新たな驚きを届けてくれるはずです。
参考文献
レーズン水が自然発酵によりワインになる仕組み―ワインの原型のひとつか?―
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2025-12-01-0
元論文
Spontaneous fermentation of raisin water to form wine
https://doi.org/10.1038/s41598-025-23715-3
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

