被告人は、自らの法的責任を否定
松永さんは、真菜さんに贈った婚約指輪と結婚指輪の2つを1つのペンダントにして身につけ、毎回の公判に臨みました。法廷という慣れない場で緊張し、弱気になってしまいそうな時、こうした遺品は、遺族を支え、亡き被害者と共に闘うんだという気持ちを奮い立たせてくれます。ですので、私はどんなものでもいいので、ご遺族には遺品を身につけたりポケットに入れたりすることを提案しています。
松永さんはやはり、被告人質問の時はかなり緊張している様子でした。この事件の裁判が開かれた法廷は、東京地裁で一番大きな104号法廷であり、荘厳な雰囲気があります。そこで、自分の妻子の命を奪った被告人に対して直接質問をするのですから、当然のことです。
また、自分のせいで検察官の立証活動を壊してしまったらどうしよう、という不安もあったでしょう。その時にこのペンダントの存在は、松永さんにとてつもなく大きな勇気を与えてくれたと思います。
第7回公判で、弁護人、検察官からの被告人質問が行われ、被害者参加人と被害者参加弁護士からの質問は、第8回公判で行われることになりました。2021年6月21日。第1回公判から8か月半、事故から2年2か月が経過していました。
松永さんは、被告人の事故状況に関する記憶とドライブレコーダーとの齟齬や、事故時にアクセルではなくブレーキペダルを踏んだと被告人が主張していることについての矛盾点、過去の交通事故歴、亡くなった真菜さんや莉子ちゃん、遺族に対する気持ちなどについて、次々と質問しました。
松永さんが被告人に対して発した質問は100を超えています。弁護人からの異議にも動じることはなく、裁判所は異議を棄却しました。
その後、真菜さんのお父さんである上原さんも続いて質問しました。上原さんからは、娘と孫を亡くした気持ちが分かるか、あなたが同じ立場ならどうか、といった質問がなされました。被告人は、自らの法的責任を否定したうえで、「結果的に2人が亡くなったことは申し訳ない」というスタンスを崩しませんでした。
松永さんも上原さんも、そのような回答は十分予想していましたが、「もしかして被告人が罪を認めて謝ってくれるかもしれない」という一縷の望みを抱いていましたので、公判終了後は、なんとも言えない徒労感でぐったりしていました。
後の被害回復のために
それでも今、当時を振り返り、「あの時、聞きたかったことを全て、自分で直接聞けて本当によかった」「被告人質問を自分でしていなかったら、取り返しのつかない後悔や自責の念にかられたと思う」と話してくれます。その時は辛くても、後の被害回復に繋がっていく。それが被害者参加制度の素晴らしさだと思います。
「法律の素人である被害者に被告人質問などさせるべきではない」「被害者参加人自らが被告人質問をするのは無理だ」と言って、やめさせようとする弁護士もいるようです。しかし、それは被害者参加の意義を正しく理解しておらず、被害者自身が持つパワーを軽視していると思います。もしくは、入念な準備が必要であることから、それが面倒なだけかもしれません。
被害者の方々は、事前に緊張し、「やっぱり無理かもしれません」と弱気になることもあります。それでもひとたび質問を始めると、堂々と見事にやってのけるのです。私は、「天から何かが降りてきている」と感じます。
弁護士と違って、被害者にとって自ら法廷で被告人に質問することは、一生に一度のことでしょう。しかも自分自身の事件です。一生分の力を注いでその場に挑むと言っても過言ではありません。
被害者参加人が被告人質問をするかどうかは、その方が自由に決めることです。「大変かもしれないけど、やってみたい」と思っているのに、その貴重な機会を弁護士が潰すようなことは、絶対にあってはならないと思っています。

