
人類史において最悪のパンデミックと呼ばれる「黒死病(ペスト)」。
その背後には、意外な“自然現象”が潜んでいたかもしれません。
イタリアやフランス、イギリスを含む中世ヨーロッパ全域で、人口の3割から6割が命を落としたとされる黒死病の大流行。
そのきっかけは、実は14世紀中頃に発生した「正体不明の火山噴火」だった。
そんな驚きの説を英ケンブリッジ大学とドイツ・ライプニッツ東欧歴史文化研究所(GWZO)の国際研究チームが発表しました。
火山噴火という自然の営みが、どのようにしてペストの蔓延という「人類史上最大級の惨事」を引き起こしたのでしょうか?
研究の詳細は2025年12月4日付で科学雑誌『Communications Earth & Environment』に掲載されています。
目次
- 火山の噴煙が「ペスト」を呼び寄せた?
- 「穀物船」が死を運ぶ。ペスト菌の上陸とその爆発的流行
火山の噴煙が「ペスト」を呼び寄せた?
「1345年頃、世界のどこか――おそらく熱帯地方――で巨大な火山噴火が発生した」と研究者は指摘します。
その痕跡は、北極と南極の氷床コアに高濃度の硫黄が残されていることから判明しました。
また、当時の歴史記録や天文観測、さらにはヨーロッパ各地の「木の年輪」も、1345年から1347年にかけて夏が異常に冷涼かつ湿潤で、秋には大雨が続いて土壌流出や洪水が多発したことを示していました。
実際に、当時の記録には「日照が少なく、曇天や暗い月食が続いた」との記述も残されています。
これらはすべて、火山噴火による大量の硫酸塩エアロゾル(微粒子)が大気を覆い、太陽光を反射して冷害をもたらした証拠と考えられます。
気温低下と長雨の影響は、農業に甚大な打撃を与えました。
特にイタリアでは、ぶどうや穀物の収穫量が激減し、地元だけで人々を養うことが難しくなります。
そこで、飢饉を避けるためにイタリアの都市国家――ジェノヴァ、ピサ、ヴェネツィアなど――は、黒海沿岸(現在のアゾフ海付近)から大量の穀物を輸入し始めます。
この「交易ルートのシフト」こそが、後にペスト菌(Yersinia pestis)をヨーロッパに持ち込む導火線となりました。
すなわち、気候変動による飢饉と、それを救うための交易体制の発動。一見人類を守るための知恵が、思わぬ大災厄を呼び込む“バタフライ効果”となったのです。
「穀物船」が死を運ぶ。ペスト菌の上陸とその爆発的流行
飢えから救うはずだった穀物船。
しかし、その積み荷の奥深くには、もう一つの「乗客」が潜んでいました。それがペスト菌を媒介するノミやネズミだったのです。
研究チームによれば、1347年の夏以降、黒海から地中海に到着した最後の穀物船の到着からわずか数週間後、イタリア・ヴェネツィアで最初のペスト感染が確認されました。
この典型的な感染サイクルはこうです。
まず船にいたネズミやノミがペスト菌を持ち込み、齧歯類に感染。ネズミが大量死するとノミが人間や家畜に乗り移り、やがて都市全体を飲み込む大流行へとつながっていきました。
興味深いのは、すべての都市が同じように被害を受けたわけではなかった点です。
たとえばミラノやローマなど、1345年以降も自給できて穀物輸入を必要としなかった都市では、黒死病の被害が比較的軽微だったことも分かっています。
つまり、「火山噴火→気候変動→農業危機→穀物輸入→ペスト菌流入」という連鎖が、“必要条件”としてピンポイントに重なった結果、中世のペストパンデミックは発生したのです。
こうした複数の要素が“偶然かつ同時に”組み合わさったことで、歴史に残る大流行が引き起こされた。
この一連の流れは、現代の疫学や社会学にも大きな示唆を与えています。
今回の研究は、黒死病の裏側に「火山噴火」という一見無関係な自然現象が存在していた可能性を浮き彫りにしました。
人類は気候や自然災害、経済システムの変化によって常に影響を受けてきました。
そしてそれは、今のグローバル社会や気候変動時代にも共通する教訓です。
研究者たちは「気候変動下で人獣共通感染症(動物から人へ感染する病気)が新たなパンデミックになる確率は今後さらに高まる」と警鐘を鳴らします。
中世の火山噴火がペスト大流行の引き金となったように、予想もしない要素が新たな危機を呼ぶこともありえるのです。
過去のパンデミックを紐解くことで、未来の脅威への備えが可能になるかもしれません。
参考文献
Volcanic eruption triggered ‘butterfly effect’ that led to the Black Death, researchers find
https://www.livescience.com/planet-earth/volcanic-eruption-triggered-butterfly-effect-that-led-to-the-black-death-researchers-find
Medieval volcanoes may have ignited the Black Death
https://www.popsci.com/science/medieval-volcano-plague/
元論文
Climate-driven changes in Mediterranean grain trade mitigated famine but introduced the Black Death to medieval Europe
https://doi.org/10.1038/s43247-025-02964-0
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

