フェンシングの対戦相手を試合中に殺害した兄、ジーハンが7年ぶりに出所。母親は兄を他人のように扱うが、弟のジージエは内緒で兄に会いにゆく。「あの事件は事故だった」という兄の言葉を弟は信じ、2人の関係は再び縮まりはじめた。しかし、幼い日の記憶がよみがえる。弟が川で溺れたとき、なぜ兄はすぐに手を差し伸べなかったのか?
兄ジーハン役は、『KANO~1931海の向こうの甲子園~』(14)で鮮烈なデビューを飾ったツァオ・ヨウニン。弟ジージエ役は新鋭リウ・シウフーが演じ、ローマ・アジア映画祭の最優秀男優賞に輝き、台北映画賞では最優秀新人男優賞にノミネートされた。愛情と疑念が交錯する、美しくも恐ろしい兄弟関係を、ヨウニン&シウフーはどのように解釈したのか?謎めいたストーリーを紐解くヒントを単独インタビューで語ってくれた。
■殺人を犯した「恐ろしい兄」
元野球選手という異色のキャリアを持ち、『KANO~1931海の向こうの甲子園~』で知られるツァオ・ヨウニンにとって、本作は久々の日本公開作。その端正なルックスを活かし、青春恋愛映画『夏のレモングラス』(24)では再びの高校生役に挑んだが、近年はホラー&スリラー映画への出演も続いている。

「紅い服の少女」シリーズのスピンオフ『山忌黃衣小飛俠(原題)』(25)や、台湾の幽霊マンションにお化けが出まくる『鬼們之蝴蝶大廈(原題)』(24)、そして本作『ピアス 刺心』。ホラー&スリラーの醍醐味は「役者として創造性を発揮できるところ」だという。
ツァオ・ヨウニン(以下、ヨウニン)「ホラーやスリラーのおもしろみは、創造の余地が大きいところです。テーマや表現に決まった正解がなく、答えがないからこそ、既存の型にはまらず、クリエイティブに創造性を発揮できる。『こんな人物にしたい』と思ったら、まずはそのまま演じていいと思える自由度の高さや、表現の余地があるジャンルだと思います」
脚本を読んだあと、さまざまな疑問が生まれ、好奇心をかき立てられたことが、本作への興味を抱いたきっかけだったという。

ヨウニン「なぜ兄のジーハンはこんな人間になり、罪を犯したのか。兄弟の母親は、罪を犯したとはいえ、なぜ息子をたやすく他人のように扱えてしまうのか。そんな親は本当にいるのか、いるとしたらどんな親なのか。そして弟が最後に下した決断の意味は……。『知りたい』という好奇心から、この作品に惹きつけられました」
ジーハンを演じるうえでは、監督・脚本のネリシア・ロウと話し合いを重ね、「いつも2人で考え、決断を下していった」という。
ヨウニン「ジーハンという役はとても複雑ですが、監督と一緒に決めたことは常にシンプルかつ明快でした。複雑に見える役であればあるほど、むしろ表現はシンプルにしたほうがいい。逆にシンプルな役柄であるほど、多角的なアプローチで演じたほうが深みを出せるのだと学びました」

役作りのため、ヨウニンと監督は実在の連続殺人鬼テッド・バンディのドキュメンタリーをともに鑑賞。「テッド・バンディは、恋人が隣にいればごく普通の人間ですが、彼女がいなくなると恐ろしい人物に豹変する。その恐ろしさが演技の参考になりました」と語る。
■それでも兄を信じたい「純粋無垢な弟」
ヨウニンいわく、兄ジーハン役については「僕と監督しか知らないことがたくさんある」。弟ジージエを演じたリウ・シウフーも、兄弟関係を築き上げるため綿密なリハーサルを繰り返したことを明かしつつ、「僕が知らないこともありました」と認めた。

リウ・シウフー(以下、シウフー)「監督は僕たち2人に対し、それぞれ異なるコミュニケーションを取ることがありました。ヨウニンにだけ聞こえるように監督が話したことは、僕には教えてもらえない。だから、彼がどんな演技をするのかはわからないんです(笑)」
ジージエ役のリウ・シウフーは、ヨウニンとは今回が初共演。謎に満ちた兄を演じるヨウニンとは異なり、純粋無垢な弟を演じるシウフーは、脚本を読んで「これは兄弟愛を探究する映画だ」と感じたという。
シウフー「ジージエは“愛”をどのように認識し、どのように“愛”と接するのか。この兄弟の場合、弟が兄に抱く愛情はなかなか理解されにくいものですが、そこにある“愛”とはなにか、そこにはどんな真実が隠されているのか。とても美しくドラマティックで、緊張感のある物語だと思います」

本作が長編映画初主演となるシウフーは、演じるジージエと同様、“次になにが起きるかわからない”ヨウニンとの演技合戦に必死で食らいついていった。
シウフー「本番であれリハーサルであれ、相手の演技を見ながら、その内面を想像し、自分自身も演じる。それは劇中のジージエも同じなのだと気づきました。ジージエには、目の前にいる兄がなにを考えていて、どんな行動を起こそうとしているのかがさっぱりわからない。兄の感情と行動に、弟はとにかくついていくしかないんです」
一方でヨウニンも、悪のレッテルを貼られた兄に秘められた“人間としての感情”を語る。初めて聞いたこともあったのだろうか、ヨウニンの言葉にシウフーはじっと耳を傾けていた。

ヨウニン「兄は刑務所への服役中、『きっと家族は自分を気にかけてくれるはず』と期待していたと思います。けれども、実際はなにもなかった。弟とも会えなかったので、彼への印象は幼いころのままです。だからこそ、出所したときに弟がいると気づいた瞬間や、その後2人が初めて再会する場面は、その後の兄弟関係において決定的なもの。弟の姿を見た兄は、おそらく一瞬でなにかを悟ったはずです」
■フェンシングと家族関係
監督のネリシア・ロウは、シンガポールの元フェンシング国家代表選手。兄弟や家族の関係に、フェンシングの要素を絡めてゆくストーリーテリングをヨウニンは絶賛した。
ヨウニン「監督の選択はとてもクールで、かつユニークでした。フェンシングというスポーツは、常に相手の考えを予測し、動きを先読みしながらお互いに動くもの。こうした特徴と、家族の人間関係が、とても密接に関連し合っているところが特におもしろいと思います」

『ピアス 刺心』では、謎に包まれたストーリーと兄弟関係、フェンシングというスポーツ、そして俳優同士の演技合戦が、複雑かつ魅力的につながり合っている。シウフーも、本作の撮影を「個人的に特別な体験だった」と振り返った。
シウフー「ジージエ役と向き合う毎日を送るなかで、役者という仕事がさらに好きになりました。ひとつの出来事にはいろいろな見方があり、視点が変われば理解も異なる――そうした多面性を表現することの醍醐味を学ぶとともに、自分の表情や声、動作を研ぎ澄ませることで、それらを丁寧かつ細やかに演じることの楽しさも再認識できたと思います」
ヨウニンが演じた“謎めいた兄”と、シウフーが体現した“信じる弟”は互いにすれ違いながら、しかし最後にはひとつの結論に到達する。愛と疑念、フェンシングの読み合いとすれ違いが鋭く交差する展開に注目だ。

「この映画は特別な作品だと思います。皆さんには映画館でじっくりと味わってほしい」と、ヨウニンもシウフーの言葉に同意する。2人が大きな手ごたえを認める、スリリングな関係性の深淵をぜひ体験してほしい。
取材・文/稲垣貴俊
