記者をやっていると「巻き込まれる」ことがよくある。他の記者が書いた記事でクレームを受けることであり、筆者もたびたび経験した。これは仕方がないことでもある。だが最もキツかったのは、五木ひろしに関する記事での事例だ。
五木は1989年5月に女優・和由布子と結婚。数億円規模の豪華な結婚式を挙げたことが大きな話題となった。それから数カ月後、筆者が所属する媒体が、五木に関するちょっとしたスキャンダルを報じた。それは五木家で嫁姑問題が勃発している、という内容だった。和と五木の母親の仲が険悪になっている、と。
筆者が書いたわけではないが、当時は五木のマネージャーと懇意にさせてもらっていた。結婚前には単独インタビューもしている。そんなわけで、マネージャーから記事に関するクレームが、筆者のところにきた。会社ではなく、自宅の電話に…。
マネージャーは記事の内容について「事実とかけ離れている」と指摘した上で「君が書いたの?」と聞いてきた。否定すると「じゃあ、誰が書いたの?」と言うので「知らない」とトボケたが「そんなわけないでしょ」と筆者を問い詰めてきた。そいうやり取りが40分も続いた。
翌日の夜、再びマネージャーから電話があり「あんたが書いたのではないことはわかった。ただ、誰が書いたのだけは教えてほしい」と聞いてきたが、筆者は「知らない」と繰り返した。さらに次の日の夜も「誰が書いたかだけ教えてくれればいい。それでもう君に電話をすることはないから」と言われた。
もちろん、筆者は記事を書いたのが誰かを知っていた。それはフリーランスの記者だった。この記者は業界内での評判は悪く、筆者も快く思っていなかった。厳しい詰問が続き、その名前が喉元まで出かかったが、内部情報を出すわけにはいかない。
彼は優秀なマネージャーだった。担当のタレントを守る、というのは当然の行動を取っただけだろうが、会社ではなく自宅に電話がかかってくるという逃げ場がない状況はキツかった。まるで警察で取り調べを受けているような雰囲気だった。
そして翌日、また電話があり「誰が書いたか分かったよ。すまなかったな」と言われた。結局、この直後に筆者は担当が変わり、このマネージャーとの付き合いは途絶えた。
五木自身は非常に好人物で、いい印象しかない。その一方で五木の名前を聞くと、「悪夢の3夜連続詰問」を思い出してしまうのである。
(升田幸一)

