2025年のF1最終戦アブダビGPが終わった。このグランプリは、レッドブルの角田裕毅にとって、F1で一旦最後の一戦でもあった。
このレースでの角田の役割は、自分の成績というよりも、チームメイトのマックス・フェルスタッペンを最大限にサポートするということであった。角田がその役割をどう果たしたか、そして彼が入賞できる可能性はなかったのかというところを検証してみたいと思う。
10番グリッドからスタートした角田は、周囲の他のマシンの多くがミディアムタイヤを履く中、ハードタイヤを履いてグリッドに並んだ。
フェルスタッペンはかなり難しい状況ではあったものの、大逆転でのチャンピオン獲得の可能性を残していた。その最大のライバルとなっていたのはマクラーレンのランド・ノリス。ノリスが表彰台に上がった段階でフェルスタッペンの逆転チャンピオンの可能性がなくなるため、角田にはできるだけノリスを抑え込み、さらに他のマシンがこのノリスを攻略する状況を作り出すという役割が求められていた。
ただこの任務はそう簡単なものではない。ノリスがピットストップする前に、角田が20秒以上遅れてしまったならば、その戦略はまったく活きないからだ。角田としては、ペースの面で厳しいはずのハードタイヤで、できるだけ速く走る必要があった。しかもノリスは2番グリッド、角田は10番グリッドからのスタートだ。
ただ角田はしっかりとその役割を果たし、ミディアムタイヤを履くハースのエステバン・オコンについていった。そして16周目にノリスがピットイン。角田はその前に出ることに成功した。
オコンがピットストップし、前が開けた後も角田はペースを維持。そして22周目に角田の真後ろにノリスが迫った。
■ノリス抑える戦略と、角田のその後のレース展開
こちらのグラフは、F1アブダビGPの決勝レース中の、各車の位置関係の推移を折れ線で示したものだ。赤丸の部分を見ると、角田(紺色の点線)の後方にノリス(オレンジ色の実線)が近づいているのが分かるだろう。そしてさらにその後方からはフェラーリのシャルル・ルクレール(赤い実線)が迫っていた。その差は1.5秒ほど。角田がノリスを抑えている隙にルクレールがノリスを攻略してくれれば、その当時首位を走っていたフェルスタッペンがチャンピオンに輝く可能性が、もう一歩近づいたはずだった。
ただそうはいかなかった。より新しいハードタイヤを履いたノリスのペースは一歩秀でており、角田は徹底防戦したものの、23周目にオーバーテイクを許してしまった。ペースの面から見ても、このタイミングでノリスのタイムを大きく奪うことはできなかったというのが正直なところだ。しかしも逆に、角田はディフェンスの際に複数回進路を変更したとして、5秒のタイム加算ペナルティを受けた。
その後フェルスタッペンはピットに入り、ノリスの前を維持。圧倒的なペースで走り切って勝利を掴み取ったものの、ノリスは3位に入って自身初のチャンピオン獲得を決めた。最終的な差は僅か2ポイントであった。
さて、その後の角田のレース展開を見ていこう。
ノリスに抜かれた後も、角田のペースはほぼ安定。これならば、入賞は十分狙えるというポジションを走っていた。しかし徐々に、アストンマーティンのランス・ストロールに接近されるようになっていった(グラフ青丸の部分)。実はストロールは当初、このグラフには反映していないが、リアム・ローソン(レーシングブルズ)に抑え込まれていたのでペースが上がらなかった。しかしローソンがピットストップしていなくなった後は実に安定したペースで走り、角田との差を少しずつではあるものの縮めていった。
角田はストロールとの差が3秒程度になった32周目にピットイン。ミディアムタイヤに履き替えた。しかしこのタイミングが仇となった。
もし5秒のタイム加算ペナルティがなければ、ルイス・ハミルトン(フェラーリ)の前でコースに復帰できていたはずだ(グラフ緑丸の部分)。ただそれは、大きな問題ではない。それ以上に大きかったのは、そのタイミングだ。
角田は前述の通り、ハードタイヤを履いてスタートしていた。つまり32周目にピットストップし1ストップで走り切るならば、残り26周をミディアムタイヤで走り切らねばならないことになる。ただ今回のグランプリでミディアムタイヤは、パフォーマンスこそまずまず優れていたものの、デグラデーション(性能劣化)の大きさは顕著であった……それは金曜日のフリー走行2回目でも明らかだった。そのため、スタートでミディアムタイヤを履いたドライバーの多くは、20周をまたずして1回目のピットストップを行なっている。20周以上走ったのは、フェルスタッペン(23周)とローソン(21周)のふたりだけであった。
■大きかったミディアムタイヤのデグラデーション
こちらは、F1アブダビGPの決勝レース中のラップタイム推移を折れ線で示したものだ。
紺色の実線で示したのが角田のラップタイム推移。タイヤ交換を行なった後、12〜13周が経過したところでペースが落ちはじめ、フィニッシュまでその傾向が変わることはなかった(グラフ赤丸の部分)。
何もこれは、角田に限った話ではない。ほぼ同じタイミングでピットストップを行ない、ミディアムタイヤを履いたメルセデスのアンドレア・キミ・アントネッリも、角田のラップタイム推移とほとんど同じ傾向にあり、最終盤に大いに苦しんだ。
ただし、ハード→ミディアムという戦略が失敗だったわけではない。これを成功させ、大きく順位を上げたのが前述のストロールだ。
ストロールは、角田よりも10周長くハードタイヤで最初のスティントを走り、ミディアムタイヤに交換。そのミディアムタイヤにデグラデーションの傾向が見える前にチェッカーを迎えるという戦略を採り、15番手スタートながら10位入賞を果たした。またニコ・ヒュルケンベルグ(ザウバー)も、ソフト→ハードとつなぎ、ストロールと同じタイミングでミディアムタイヤに履き替えるという2ストップ作戦で9位入賞を果たした。
ハミルトンも2ストップを成功させたが、彼だけは最終スティントをミディアムタイヤで長く走りながらも、デグラデーションのレベルがそれほど大きくなかった(グラフ青丸の部分)。さすがのタイヤマネジメントと言えるかもしれない。
角田としては、冒頭でご説明したノリスを抑えるという戦略を採ることを考えれば、2ストップはありえなかっただろう。しかし、唯一のピットストップのタイミングをストロール並に後ろ倒ししていれば、たとえ5秒のペナルティを受けたとしても、入賞の可能性はあったと考えられる。ストロールも、終盤に5秒加算ペナルティを受けつつも入賞したのだから。
そういう意味では、この最終戦も戦略面では噛み合わなかったと言わざるを得ないかもしれない。そこはまことに残念である。
角田は来季、レッドブルのテスト&リザーブドライバーとしてチームに帯同することになる。レギュラー陣に何かがあれば、シーズン途中での再登板もあるだろうし、2027年に改めていずれかのチームのシートを射止める可能性は十分にあろう。レースを外から見守る期間が、どうか将来の飛躍のための期間になることを願ってやまない。

