隠していた「父親の自死」を公表したのはなぜ?
夢をかなえた椿野さんですが、実は気象予報士になる以前に、「はたらく意味」をより深く考えるきっかけとなる人生最大の転機がありました。それは2021年、最愛の父親を自死で失ってしまったのです。

「すごく真面目で、仕事熱心で、素敵な父でした。でもきっと悩みを一人で抱え込んでいたんだと思います。父の変化に気付いてあげられなかった自分のことをずっと責めていますし、正直、父のあとを追いかけたい気持ちになったこともあります」
『ひめもすオーケストラ』のメンバーやファンなど、周囲に支えられながら立ち直ろうとしていたという椿野さん。やがて彼女は、自分の経験に新たな意味を見出すことになります。ファンの中に、自分と同じ自死遺族の方がいることを知ったのです。
「父が自死したとき、私は自死遺族の方のブログや記事を読み漁っていたんです。『世の中のすべての記事を読んだんじゃないか』っていうくらい。同じ立場の人がいると知るだけでも、すごく救われる気持ちになる。それを知っていたからこそ――」
それまでは父親の自死について「隠し続けていた」椿野さんは、2024年、意を決して自身が自死遺族であることを公表しました。
「『今度は私が誰かの力になれたら』と思い、公表したんです。そうすると、大切な方を亡くされ、同じような悩みを抱えている方が想像していた以上にたくさんいらっしゃることを知りました」
この体験が、椿野さんの「はたらく」価値観を根本から変えることになります。
「誰かのために役立てているなら、自分も生きている意味があるのかなと思えるようになりました。天気予報を通じて、お出かけの準備など、日常のちょっとした判断にもお役に立ちたいし、災害から身を守ってもらえるような、被害を防げる気象予報もお伝えしたい。私たちが伝える情報は、ときに誰かの命に関わることもあるので、日々その責任を感じています」

椿野さんの表情には、静かな決意が宿っています。「誰かのために」という想いが、彼女自身の支えになっている。椿野さんの真剣な眼差しの奥に、その想いの強さが垣間見えた気がしました。
■「はたらく意味が分からない」と悩む人たちへ
父親の自死というつらい現実を受け止め、今ではアイドル活動と気象予報士という、あこがれていた二つの仕事に従事している椿野さん。はたらくことにモヤモヤを感じる若者に向けてこう語ります。
「私は好きなことを仕事にできる環境にあるので、とても恵まれていると思います。ただ、やはり葛藤もあります。好きなことを仕事にすると、それを純粋に楽しめなくなる部分があって。ほかのアイドルを見るのが苦しくなったり、天気のことを考えると胃が痛くなったりする時期もありました」
椿野さんは、それでも好きなことに向き合い続けることの大切さを伝えてくれました。
「好きなことを仕事にするジレンマは私にもたしかにありました。でも考え方次第でどうにでも捉えられるので、まずは好きなことに一歩踏み出してみるのも一つの方法だと思います。
そもそも自分が本当に好きなことってなんだろうと迷ったときは、小さいころを振り返ってみるといいかもしれません。私の場合、昔は宇宙飛行士になりたくて今でも宇宙が好きですし、ケーキ屋さんになりたかったころには実際にアルバイトもしていました。小さいころのドキドキワクワクした気持ちには、『本当に好きなこと』のヒントが隠れているはずです」
曇りない笑顔で想いを語る椿野さん。彼女は今日も誰かのために空を見上げています。

※今回お伝えし切れなかったフルバージョンの動画はYouTube『スタジオパーソル』にて公開中
(「スタジオパーソル」 編集部/文:間宮まさかず 編集:いしかわゆき、おのまり)

