
「老化を止める魔法の薬」はまだ発見されていませんが、私たちが日々口にする「食事」に、そのカギが隠されているかもしれません。
アカゲザルというヒトに近いサルを20年以上にわたって追跡した米ボストン大学(Boston University)の最新研究で、「カロリー制限」が脳の老化そのものを遅らせるという驚くべき事実が明らかになりました。
この成果は、私たち人間の認知症やアルツハイマー病の予防にもつながるヒントになるかもしれません。
研究の詳細は2025年11月24日付で学術誌『Aging Cell』に掲載されています。
目次
- 「脳の白質」を守るカロリー制限の力
- 炎症と老化を抑えるメカニズム
「脳の白質」を守るカロリー制限の力
今回の研究では、アカゲザル24匹を「通常食グループ」と「カロリーを30%カットしたグループ」に分け、20年以上もの間、同じ条件で飼育し続けました。
このアカゲザルは脳の構造や加齢のパターンが人間とよく似ているため、脳老化のモデル動物として高く評価されています。
研究者たちは特に、白質という脳内の「神経の高速道路」に注目しました。
白質は神経細胞をつなぎ、情報のやりとりを担う重要な部分ですが、加齢とともに「ミエリン鞘」という絶縁膜が壊れたり、グリア細胞(神経のサポート役)が炎症を起こしたりすることで、その働きが大きく損なわれます。
最新のシングルセル解析によって、カロリー制限を続けたサルの脳内では、ミエリンを作るオリゴデンドロサイトという細胞の「代謝機能」が保たれていること、そして「ミエリン関連遺伝子」の発現が高いままで維持されていることが分かりました。
また、NLGN1(ニューロリギン1)という細胞接着分子の発現が増えており、オリゴデンドロサイトと神経線維(軸索)の距離が近づいている、つまりミエリンの維持や修復が効率良く行われていることも明らかになりました。
カロリーを制限しなかったグループでは、加齢とともにミエリンの劣化やグリア細胞の炎症反応が顕著でしたが、カロリー制限グループでは「脳の高速道路」が若々しく保たれていたのです。
炎症と老化を抑えるメカニズム
さらに研究では、脳内の「掃除屋」であるミクログリアにも着目しました。
通常、加齢が進むとミクログリアはミエリンの断片(ごみ)を多く抱え込み、炎症を起こしやすくなります。
しかしカロリー制限グループでは、こうした「ごみをためたミクログリア」の割合が約3割も減少していました。
さらに、カロリー制限を続けたサルでは、ミクログリアがタンパク質やアミノ酸の代謝能力を維持し、抗炎症遺伝子の発現が高まる傾向も見られました。
また、脳内に入り込むT細胞(免疫細胞)の増加も加齢のサインの一つですが、カロリー制限をしていたサルでは、年齢を重ねてもT細胞の増加が抑えられていました。
これらの結果は、長期的なカロリー制限が脳内の炎症反応や損傷を抑え、細胞の代謝や修復機能を保つことにつながる、という生物学的な根拠を示しています。
単なるダイエットではなく、脳細胞レベルでの老化抑制メカニズムが初めて詳細に解明されたのです。
もちろん、ヒトで全く同じ効果が現れるかは今後の研究が必要ですが、「食事カロリーを制限することが脳の健康寿命を延ばす」可能性は非常に現実味を帯びてきました。
普段の生活で無理なカロリー制限は難しいかもしれませんが、適切な食事管理が将来の認知症予防や脳の若さ維持に役立つ——そんな希望が見えてきたと言えそうです。
参考文献
Cutting Calories by 30% May Be Enough to Shield Brain Against Aging
https://www.sciencealert.com/cutting-calories-by-30-may-be-enough-to-shield-brain-against-aging
元論文
Calorie Restriction Attenuates Transcriptional Aging Signatures in White Matter Oligodendrocytes and Immune Cells of the Monkey Brain
https://doi.org/10.1111/acel.70298
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

