
小説『指輪物語』に登場する小柄な種族・ホビット。
実はインドネシアのフローレス島にはかつて、ホビットと同様に非常に小柄なヒト属が暮らしていました。
それが「ホモ・フローレシエンシス(Homo floresiensis)」です。
彼らは同島で100万年以上にわたり繁栄していましたが、約5万年前に姿を消します。
この突然の消失は大きな謎となっていますが、このほど、豪ウーロンゴン大学(UOW)らの最新研究で、数千年におよぶ極度の干ばつが原因であることがわかりました。
研究の詳細は2025年12月8日付で科学雑誌『Communications Earth & Environment』に掲載されています。
目次
- インドネシアのホビット族が絶滅した理由とは?
- 現生人類との遭遇と「最後の一撃」
インドネシアのホビット族が絶滅した理由とは?
ホモ・フローレシエンシスは、身長わずか1メートル前後と小柄な体格にもかかわらず、石器を作り、狩猟を行っていました。
彼らの骨と石器は、フローレス島の奥地にあるリアン・ブア(Liang Bua)洞窟でのみ発見されています。
なぜ彼らが絶滅したのかを解明するため、研究チームは洞窟内にある石筍(せきじゅん)に着目しました。
石筍は、洞窟の天井から滴る水に含まれるミネラルが堆積して成長する構造物であり、その化学組成には、過去の気候変動の記録が閉じ込められています。
チームは、石筍の層に含まれるマグネシウムと炭酸カルシウムの比率を測定することで、正確な過去の降水量を復元することに成功。
その結果、明らかになったのは劇的な気候変化の歴史です。
・約7万6000年前まで:今日よりも湿潤な環境。
・約7万6000年~6万1000年前:季節性が強い「黄金時代」の気候。小型ゾウが繁栄。
・約6万1000年~5万年前:気候が急激に乾燥化。年間降水量は大幅に減少し、数千年続く極度の干ばつに突入。
獲物の絶滅と連鎖的な危機
この干ばつは、小人族の生存基盤を根本から揺るがしました。
彼らの主要な獲物の一つは、小型のゾウの近縁種であるステゴドンでした。
チームはステゴドン化石の調査により、降水量減少の時期とステゴドンの個体数減少の時期が完全に一致することを発見しました。
研究者たちは、降水量の減少により、乾季の水源であった川が枯渇したと考えました。
水と食料を失ったステゴドンは、島の内陸部からより安定した水源、すなわち沿岸部へと移動を開始します。
そして、ホビットたちも、狩りを続けるためにその獲物を追わざるを得なかったのです。
降水量の減少、ステゴドンの個体数減少、そしてリアン・ブアからのホビットの放棄。
これらが同時に起こったことは、資源の枯渇が彼らの絶滅に決定的な役割を果たしたことを示唆しています。
現生人類との遭遇と「最後の一撃」
ホビットたちが干ばつに追われ、隠れ家であったリアン・ブア洞窟を離れ、沿岸部に移動したという仮説は、彼らの絶滅のパズルにおける最も暗いピースを埋めるかもしれません。
なぜなら、約6万年前までには、より大型で知的な人類種である「ホモ・サピエンス(現生人類)」が、インドネシアの島々を渡り、この地域に拡大していたことが、考古学的・DNAの証拠から示唆されているからです。
ホモ・フローレシエンシスが沿岸部へ、ホモ・サピエンスが島々を移動。
この2種の進んだルートが、フローレス島の限られた空間で交差した可能性が高いのです。
研究者たちは、この接触が以下の事態を引き起こした可能性を指摘しています。
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資源をめぐる競争:限られた沿岸部の水や食料をめぐり、小型のホビットと大型のホモ・サピエンスの間で激しい生存競争が起こった。
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集団間の衝突:資源の奪い合いが、直接的な争いへと発展した可能性。
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新たな病気:ホモ・サピエンスが持ち込んだ新しい病原体に対する免疫がなかった。
最悪のタイミングで襲った「最終要因」
また、干ばつと現生人類との競争によって既に追い詰められていたホビット族に「最後の一撃」が襲いかかった可能性があります。
ホビットの最後の化石と石器は、約5万年前に形成された分厚い火山灰の層の下から発見されています。
この時期に近くの火山で発生した大規模な噴火は、彼らの生活圏と残された食料を壊滅させ、すでに資源が枯渇していた状況をさらに悪化させたと考えられます。
この噴火が絶滅の直接的な原因であったか、あるいは衰退を決定づける要因であったかは不明ですが、彼らが直面していた環境の過酷さを物語っています。
オーストラリアの古生物学者は、フローレス島のような小さな島では「乾燥が進むと、動物は島を離れることができず、利用できる避難場所は消滅するか、すぐに混雑する」と述べています。
ホビットたちの消失は、彼らの「故郷」の環境が根本的に崩壊した結果だったと言えるでしょう。
参考文献
The ‘hobbits’ may have died out when drought forced them to compete with modern humans, new research suggests
https://www.livescience.com/archaeology/human-evolution/the-hobbits-may-have-died-out-when-drought-forced-them-to-compete-with-modern-humans-new-research-suggests
The ‘hobbits’ mysteriously disappeared 50,000 years ago. Our new study reveals what happened to their home
https://phys.org/news/2025-12-hobbits-mysteriously-years-reveals-home.html#goog_rewarded
元論文
Onset of summer aridification and the decline of Homo floresiensis at Liang Bua 61,000 years ago
https://doi.org/10.1038/s43247-025-02961-3
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

