
英国史上で最も有名な君主の一人、エリザベス1世 (在位期間:1558〜1603)。
その治世中に鋳造された硬貨が、先日オークションで記録的な価格を記録しました。
正式に「エリザベス1世(1558-1603)ゴールド・シップ・ライアル 15シリング ND(1584-1586)MS63 NGC」と指定されているこの硬貨は、11月にヘリテージ・オークション(Heritage Auction)によって、372,000ドル(現在の日本円にして約5,825万円)で売却されたのです。
この売却額は、オークションで売却されたエリザベス時代の硬貨として世界記録を樹立しました。
目次
- なぜ記録的な高値で落札されたのか?
- コインに刻まれていたラテン文字の意味とは?
なぜ記録的な高値で落札されたのか?
この金貨は、当時のイングランドの財政状況と国際的な権力闘争を色濃く反映していました。
学者の間では、この硬貨が鋳造された背景として、著名な私掠船(事実上の海賊)であるフランシス・ドレーク卿が、スペインのガレオン船から奪った金塊が使用されたのではないかと考えられています。
この金貨は、イングランドが制海権を握り始めた時代を象徴する「力の宣言」であり、発行された数自体が非常に少なく、保存状態の良いものは「エリザベス朝時代における最も偉大な貨幣学的稀少品の一つ」と評されています。
そのため、このタイプの金貨は非常に貴重であると考えられるのです。
実際のコインがこちら。
エリザベス女王が船に乗るデザイン
この硬貨の表側には、エリザベス1世がラフ(ひだ襟)とガウンを着用し、笏(しゃく)と宝珠を持って船に乗っている姿が描かれています。
これは単なる肖像画ではなく、極めて政治的なメッセージが込められたデザインです。
当時のヨーロッパにおいて、イングランドは海洋国家としての地位を固めつつあり、この「船に乗る女王」のイメージは、アメリカ植民地化の幕開けと、そのわずか2年後の1588年にスペイン無敵艦隊を打ち破ることになる、イングランドの「海の支配」を象徴しています。
硬貨そのものが、女王による「我が国は海を制する」という大胆なプロパガンダの道具だったのです。
コインに刻まれていたラテン文字の意味とは?
硬貨の裏側にも、謎めいたデザインと文字が刻まれています。
裏面には、中央に花模様の十字架と、光を放つ太陽の上にバラ、そして王冠を被ったライオンが描かれています。
そして、その周囲を囲むラテン語の銘文は、「IHS AVT TRANSIENS PER MEDIV ILLORVM IBAT」と記されています。
これは、聖書『ルカによる福音書 4章30節』からの引用であり、日本語に訳すと「しかし、イエスは彼らの中央を通り抜けて、ご自分の道を行かれた」という意味になります。
ロイヤル・ミント・ミュージアムによると、この碑文はテューダー朝の硬貨に頻繁に用いられたもので、困難や敵意に直面しても、神に守られて道を切り開くという、女王の強固な信念と神権的な正当性を示すものでした。
この硬貨は、単なる決済手段ではなく、国家の威信、宗教的信念、そして軍事的優位性を、手のひらサイズの金塊に凝縮した「移動するマニフェスト」だったと言えるでしょう。
この硬貨がオークションで記録的な価格を打ち出した事実は、単に稀少価値が高かったからという理由だけではありません。
それは、英国が世界帝国への道を歩み始めた最もロマンあふれる時代の歴史的証人であり、一枚の硬貨が持つ物語の深さ、芸術性、そして政治的メッセージ性が、現代のコレクターに強く求められていることの証明です。
歴史のロマンを宿すこの金貨は、今後も英国貨幣学における「垂涎の的」であり続けるでしょう。
参考文献
Elizabethan era gold coin sold for record-breaking price
https://www.popsci.com/science/elizabethan-gold-coin/
Multiple Records Set in Heritage’s $5.7 Million World & Ancient Coins Auction
https://www.ha.com/heritage-auctions-press-releases-and-news/multiple-records-set-in-heritage-s-5.7-million-world-and-ancient-coins-auction.s?releaseId=5332
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

