たったひとことの「ありがとう」がもたらしたもの
距離をおいたままだったほかの4人と、カート&マックス。第7話「仕事と見返り」では、車内のセキュリティロボットにあわや全滅させられそうになる、という緊急事態にしびれをきらして、マキナが2人に助けてもらえないかと交渉します。このシーンのやりとりは、大きな転機になりました。
カート「いくらだせんの?」
マキナ「あ、お金とんの?」
マックス「え、逆になんでタダなの?」
価値観の相違が出るシーン。ちなみに80円。高いらしい。
アニメを7話まで追ってきて、チハル&マキナたちに感情移入していたら、2人の金銭の要求はちょっと引くかもしれません。6人しか乗っていない暴走列車で、ロボットに3人やられています。協力体制を頭に入れていない、というのはあまりにも無関心で冷淡。
逆に6話で描かれたカート&マックスを観ていたら、この提案が妥当なのがわかります。
マキナ「あんたら一般人相手でも、そんな金額、要求すんの?」
カート「お前、何言ってんの? 取引相手がどこの誰かなんてどうでもいいんだよ。金さえ払えば仕事するっつってんの」
マックス「妥当な金額受け取れれば仕事するし、払えないなら何もしないよ? 別に親切でやってるわけじゃないんだから」
プロフェッショナルの発言です。頼れるカッコ良さがある、けどちょっと近づきがたくて怖い。
前金半分をもらったふたりの活躍は、今までの気の抜けた姿とは打って変わって、超凄腕なので必見。カートがセキュリティロボットの攻撃を全て防ぎきり、45秒でマックスがハッキング。特にカートの、まるでリズムゲームみたいなテンポのいい防御は、素人のものじゃないのが一目瞭然。このアニメの気持ち良いところが詰まっているシーンです。
ここまではイメージ通りの、超凄腕裏稼業仕事人、といった様子です。しかし、助けられたチハルの一言で事態は一変します。
チハル「ねぇ~、ふたりともありがとうね」
チハルの価値観からしたら当たり前の、「ありがとう」。しかし、大の男2人は、たじろぎます。
取り調べの時のセリフにあるように、カート&マックスは今まで仕事でやったことに対して、お金はもらってはきたものの、感謝されたことがなかったらしい。「機械扱いされるのが嫌になってやめました」という発言が、2人の反応によって、ぐっとリアルになります。
これは筆者の推測ですが、この治安の悪すぎる世界において「ありがとう」を無防備に言う人自体が極端に少ない可能性すらもあります。この作品はコミカルだけど、決して優しい世界ではありません。
お金をもらって仕事は成立したのに、感謝される意味がわからなかったカートとマックス。でもチハルが告げる言葉は、決して複雑ではない、人間が関係を持つ際に直面する自然に出てくるであろう感情が詰まっています。
チハル「2人いなかったらお金あってもどうにもならなかったから、やっぱありがとうでいいんじゃない?」
それに対してのマックスの言葉は、何年も言うことが出来ず、あたためつづけてきたものなのでしょうか。
マックス「どう……いたしまして……」
このやりとりは、最終回のとあるシーンにもつながって、6人の人間関係をより深めることになります。ぜひ、実際に見て確かめてみてください。
短い尺に詰まった、深堀りしたくなる要素
念のため、この作品は公式が、キャッチコピー的にこう述べているのを忘れないようにしておきたいです。
「意図なし、主義なし、主張なし! ノリで乗り切る前代未聞のスペーストレインスペクタクル!!」
「ありがとう」のやり取りのシーンも、仕事や人助けの価値とか、お金とか、感謝とか、やりがいとか、そういう話をお説教がましくしているわけでは決してありません。
ただ、すごく当たり前に「ありがとう」を言ったチハルと、「ありがとう」をもらってこなかったカート&マックスのやり取りが、人の存在の価値観を問うドラマを一瞬で生んだ点に注目したいのです。働いたことのある全ての人の心を刺激する、普遍的なものがあるように感じられてなりません。
興味深いのは、感謝されたあとにカート&マックスが、残りのお金を受け取らなかったにもかかわらず、前金は返さなかったところです。
親切だけでやったわけではない、という部分を崩さなかったのは彼ら2人の矜持でもあり、方針を変えるちょうどいい納得ポイントだったんでしょう。……まあ、特に意味のないただのギャグシーンかもしれないけれど。そういうことを考えたくなるくらいに、2人のキャラクターは人間味が出て、愛しいものになりました。
今まで全く協力してこなかった2人が、これをきっかけにお金のやり取りをせずとも強力な味方になっていくという展開がまた熱い。カートの死んでいたような目が少しずつ変わっていくのもキュンと来ます。
たとえば10話、男3人トイレでくんずほぐれつに見えるシーン。カートとマックスが小さいカナタをかついで天井の裏の整備をしていたところ、カートのエネルギーに限界が来て転んでしまった場面なのですが、これだけみるとアハーンな勘違いをしてしまいそうな、コミカルなパートです。
ですが、ファンは考察を巡らせ、盛り上がりました。普通に崩れたら、カナタは床に叩きつけられて大怪我をしていたはず。そこでとっさに一番下にいたカートが仰向けになってカナタとマックスを受け止めたからこういう姿勢になったのではないか、という読みです。
本当はどうなのかはわかりません。でも「ありがとう」を受け取った後の2人に、とっさに人を助けるための行動を取るくらいの心境の変化があったのだとしたら……と考えることもできるから、この作品、とても楽しい。カート&マックスの魅力は多くのファンの心を掴んだようで、SNS上では2人の過去を想像する考察ポストやファンアートが、どしどしアップされはじめました。
公式サイトのプロフィールによれば、カートは「陸軍出身」とのこと。マックスに至っては「宇宙軍出身」。表に出てこない部分の設定のスケールが大きいです。公式ポストの解説によると、軍人は無償でサイボーグ改造手術を受けることができるらしい。となると、2人の過去は……そこは匂わせだけに止まっていますが、何か絶対あったじゃん……。考えるなっていうほうが無理です。
そもそも、他人に興味が全くない、各々ロンリーウルフみたいな生き方のこの2人、なんでここまで息が合って一緒にいるのか、というのが考察意欲を刺激するところです。2人がゲームの協力プレイをしているシーンでは、相手の回復アイテムを何度も取ってしまうくらいには、良くも悪くも気遣いをし合う関係ではないようです。
2人はなんだかんだ、ずっと隣に並んで座っています。いつも連れション状態で、トイレではダラダラ一緒に髪の毛を整えながらおしゃべりしています。ことあるごとにセリフを言うタイミングも絶妙に合っています。
あまりにも息がぴったりすぎです。少なくとも「他人」として行動しているようには見えません。「仕事仲間」ではありますが、それだけの関係ってほどサバサバしていません。でも「友人」という枠でくくっていいのかというと、判断に迷うシーンも多いです。プロの「バディ」だとしたら、今までどんなドラマを繰り広げてきたのか気になります。
2人にしかわからない関係があるのでしょう。いろいろな妄想が膨らみますが、今のところ短い尺の中では明確な解答は描かれていません。
カートとマックスに限らず、作中で語られていないだけで、背景設定はかなり緻密に作られているから、この作品は油断なりません。番組公式と作者公式Xでは、『ミルキー☆サブウェイ』の世界観設定がどんどん公開され、ファンをどよめかせています。
カート&マックスが務めているのは「ドーズ&スミス防衛サービス」。やばそうな会社なのが明かされただけでなく、社長と同僚(全員人間?)の姿まで公開されています。作者による、社長がいかに怖い存在なのかのイラストまで! もう「ドーズ&スミス防衛サービス」だけで、アニメがワンクール作れそうな勢いです。
9月18日から、少年エースplusにて『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』のコミカライズがスタートするという情報も公開されています。また、劇場公開も発表されました。アニメをどのくらい再現するのか、どのくらい意味ありげで表に出ていない情報がここで明かされるかも期待したくなります。なんせこの世界、描かれていないだけで人殺し自体は身近な出来事であることがほのめかされているのですから。

