脳をターゲットにした糖尿病治療の新時代は来るか?

長らく糖尿病治療では、主に肝臓や腸などの「体の中の臓器」に直接働きかけて血糖値を下げるというものでした。
しかし今回の発見によって、脳というこれまであまり注目されてこなかった重要な「司令塔」の存在が明らかになりました。
特に、脳の中の「Rap1」というタンパク質がメトホルミンの血糖降下作用を左右するという事実は、まさに今後の治療法を考えるうえでの重要な鍵となるでしょう。
実際のところ、現在の糖尿病治療薬のほとんどは、体の末端にある臓器や細胞に直接作用するように作られています。
今回の研究で、古くから使われているメトホルミンが実は脳にも影響を与えていたという意外な事実が示されたことは、私たちが薬を開発するときの考え方を根本的に変えるきっかけになるかもしれません。
なぜなら、脳は体全体に指令を送る場所ですから、ここをうまくコントロールできれば、薬の量を最小限に抑えながら、体全体の血糖バランスを効率よく調整できる可能性があるからです。
つまり、同じ効果をより少ない薬の量で実現できれば、副作用のリスクも減らせるかもしれません。
しかし直ぐにというわけにはいきません。
今回の研究はあくまで「マウス」という動物を使った実験結果にすぎず、これが人間でも同じように起こるかどうかはまだわかっていません。
ヒトとマウスでは脳の働きや体の仕組みに違いがあるため、今回見つかった脳内のRap1の働きが、ヒトの糖尿病患者さんでも同じように作用するかどうかを慎重に確かめる必要があります。
とはいえ、こうした課題があるからといって今回の研究の意義が小さくなるわけではありません。
むしろ、こうした未知の領域が見つかったこと自体が、私たちに新たな探求の道を示してくれています。
特に脳という未開拓の領域をターゲットにすることで、今までとは違ったタイプの糖尿病薬を作り出す可能性が開けるでしょう。
将来的には、これまでの薬に比べてさらに副作用が少なく、患者さんにとっても負担の少ない治療法が生まれることも十分期待できます。
元論文
Low-dose metformin requires brain Rap1 for its antidiabetic action
https://doi.org/10.1126/sciadv.adu3700
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

