
柳井嵩役の北村匠海さん(2020年11月、時事通信フォト)
【画像】え…っ? 「モデル?」 こちらがやなせたかしさんが「アンパンマンに似ている」と語ったイケメンな弟・千尋さんの実際の写真です
「みすぼらしい」「気持ち悪い」会社上層部の大反対
NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんと妻の暢(のぶ)さんの人生をモデルにした物語です。最終週「愛と勇気だけが友達さ」では、ついに『アンパンマン』のTVアニメ化のエピソードも描かれています。
TVアニメ『それいけ!アンパンマン』(日本テレビ系)の放送が始まったのは1988年のことでした。しかし、TVアニメになるまでには、何度も企画が却下されてきたといいます。いったい何が原因だったのでしょうか。
『あんぱん』に登場する「武山恵三(演:前原滉)」というTV局プロデューサーのモデルは、『それいけ!アンパンマン』の企画を担当した日本テレビの武井英彦プロデューサーでしょう。武井さんは『別冊太陽 やなせたかし アンパンマンを生んだ愛と勇気の物語』(平凡社)でのインタビューで、当時の苦労を語っています。
1980年代半ば、武井さんは息子が通う保育園で絵本の『あんぱんまん』が子供たちの手垢で真っ黒になっているのを見て、「これはいけるんじゃないか」とアニメ化の企画を立てて社内で提案しますが、会社上層部の理解はまったく得られませんでした。『あんぱんまん』の絵を見た編成部の誰もが「みすぼらしい」「顔を食べさせるなんて気持ち悪い」と否定的な反応を見せ、会社からはアニメの制作費を出さないことが決定してしまいます。
その後、同じく『アンパンマン』に注目していた東京ムービーの加藤俊三プロデューサーが持ち出しでパイロットフィルムを制作し、それをもとに関連会社の日本テレビ音楽やバップの担当者にプレゼンして出資にこぎつけ、制作費をまかなったそうです。
日本テレビの武井さんが動く前に、NHKからもアニメ化の企画が持ち込まれています。NHKは1979年に、「春休みこどもひろば-おはなしえほん」の1エピソードとして『あんぱんまん』を制作した実績がありました。
しかし、『アンパンマン』はアレクサンドル・デュマ原作の『三銃士』とのコンペに敗れてしまい、企画は頓挫します。やなせさんは自伝『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)で「ぼく自身もあまり乗り気でなかったのは、体調を崩していて無理に仕事を増やしたくなかったのです」と振り返っていました。
『三銃士』を原作とした『アニメ三銃士』は、1987年に放送されています。低年齢層向けの企画だったものの、ティーンのアニメファンにも人気を博し、同時間帯で『ふしぎの海のナディア』が放送される伏線になりました。
同じく『アンパンマン』のアニメ化を企画していたのが、東京ムービー(現トムス・エンタテインメント)です。企画と文芸を担当していた山崎敬之さんが、自著『テレビアニメ魂』(講談社現代新書)で当時の経緯を詳しく語っています。
ミュージカル「怪傑アンパンマン」が好評を博していると知った山崎さんは、絵本『あんぱんまん』が1973年に刊行されてから10年もの間、幼児に人気があると知って「ただごとではない」と驚いたそうです(1983年頃のことと推察されます)。
玩具を売るためでなく、子供たちのためのアニメを作りたいと考えていた山崎さんは、さっそく企画を立てて懇意にしていたあるTV局の部長に企画を持ち込みますが、ものすごい剣幕で企画書を突き返されてしまいました。部長は、こう言ったそうです。
「これは、完全に幼児向けのものでしょうが。企画の向きが逆なんだよ! 狙いはもっと上の年齢層でなくちゃ!」
1977年に劇場公開されたアニメ映画『宇宙戦艦ヤマト』、1979年に放送された『機動戦士ガンダム』以来、ティーンの間では空前のアニメブームが巻き起こっていました。1981年には『うる星やつら』、1982年には『超時空要塞マクロス』が放送されて人気を博しています。アニメの流れは、部長の言う通りだったのです。
次に山崎さんが持ち込んだのは、日本テレビでした。日本テレビのなかでも、音楽出版部門の責任者が積極的にこの作品を進めたいという意向を示し、企画が進んだそうです。ところがスポンサー候補だった「日本で最大級の製パン会社」の社長が、原作に出てくる「ばいきんまん」の存在を知って激怒し、スポンサーから下りてしまいます。
食品会社だから「ばいきん」を嫌がったという理由だけではありませんでした。この製パン会社に、1984年から85年にかけて世間を騒がせていた「グリコ・森永事件」の模倣犯から「バイキンを入れる。それが嫌なら金を出せ」と脅迫状が届けられていたというのです。そんな折、社長のもとに『アンパンマン』の絵本が届けられ、ばいきんまんの存在を知って激怒した――。そう山崎さんは記しています。
企画成立が危ぶまれる事態になりましたが、日本テレビの版権部の課長である斎藤さんという方が社内で奔走し、各部署を説得して『それいけ!アンパンマン』の放送が決まったと『テレビアニメ魂』には書かれています。斎藤さんは、以前にもこのようにしてテレビ番組の企画を成立させたことがあったそうです。
こうしてみると、実に多くの人たちが『アンパンマン』のアニメ化のために尽力していたことが分かります。それだけ、やなせさんが描いた『アンパンマン』が魅力的だったということでしょう。
※2025年9月25日12:40、本文の一部を修正しました。
