
地球の気候は、数万年から数百万年という長いスパンで、温暖期と氷河期を繰り返してきました。
この壮大な変動は、地球の公転軌道や地軸の傾きといった、地球自身のわずかな軌道変化によって引き起こされている、というのが長年の定説です。
この変動は、地球物理学者ミランコビッチにちなんで「ミランコビッチ・サイクル」と呼ばれています。
これまでは、太陽系最大の惑星である木星や、最も近い金星の重力が地球に影響を与えていると考えられてきましたが、なんと、火星の存在も地球の気候リズムに影響していることが、米カリフォルニア大学(University of California)の最新研究で明らかになりました。
小さな火星が、地球の気候にどんな影響を与えているのでしょうか?
研究の詳細は2025年12月4日付でプレプリントサーバー『ArXiv』に公開されています。
目次
- 地球の気候リズムと火星の役割
- 火星が「巨大な気候サイクル」の鍵に?
地球の気候リズムと火星の役割
数百万年にわたる地球の気候変動は、地球が太陽の周りを回る軌道が完璧な円ではなく、わずかに楕円になったり(離心率)、地軸が傾いたり(軌道傾斜角)、その向きが変わったりすることで、地球が受け取る太陽エネルギーの量が変わるために起こります。
これらの変動は、地球単独で起こるものではなく、太陽系内の他の惑星の重力による「引っ張り合い」の結果として生じます。
他の惑星の重力が地球の軌道に常に影響を与えることで、これらの気候サイクルが生まれているのです。
これまで、この重力の「綱引き」において、木星や金星が重要な役割を果たすことは知られていました。
しかし研究チームは今回、コンピューターシミュレーションを用いて、火星の質量を現在のゼロ倍から10倍まで変え、地球の軌道がどう変化するかを詳細に追跡。
その中で、すべてのシミュレーションを通じて、金星と木星の相互作用によって決定される40万5000年周期の非常に安定したサイクルが存在することが確認されました。
これは、地球の気候変動の土台となる「一定の拍子(メトロノーム)」のようなもので、火星の質量が変わっても、このサイクルだけは揺らぐことはありませんでした。
ところが、約10万年周期という比較的短いスパンで氷河期への移行を刻むサイクルは、火星の存在に大きく依存していることが判明したのです。
シミュレーションで火星が重くなるほど、このサイクルは長くなり、変動の力が強くなりました。
つまり、私たちが地質学的記録から確認できる氷河期のサイクルは、火星の重力が地球の軌道に与える影響が、他の内惑星との間で相互に作用した結果だった、というわけです。
火星が「巨大な気候サイクル」の鍵に?
火星の影響は、私たちが知っている氷河期のサイクルだけに留まりません。
シミュレーションで火星の質量をゼロに近づけたところ、驚くべき結果が示されました。
地球の気候に長期的な変動をもたらす「240万年周期のグランドサイクル」と呼ばれる、非常に重要な気候パターンが、完全に消失してしまったのです。
この240万年サイクルは、地球と火星の公転軌道が非常にゆっくりと回転する動きに関係しており、数百万年という超長期スパンで地球が受け取る日射量に影響を与えます。
このサイクルが存在するのは、火星がちょうど良い質量を持っているために、地球の軌道と適切な「重力共鳴」を起こしているからにほかなりません。
もし火星の質量が今よりもっと少なかったら、地球の長期的な気候の「波」は存在せず、私たちが知るような地球の歴史は大きく変わっていた可能性があります。
さらに、地球の「地軸の傾き(軌道傾斜角)」も火星の重力に影響を受けていました。
・地質記録で見られるおなじみの41,000年周期の地軸の傾きのサイクルは、火星が重くなるにつれて長くなる。
・シミュレーションで火星の質量を現在の10倍にした場合、このサイクルは45,000年から55,000年という、まったく異なる周期に支配された。
地軸の傾きは、高緯度地域が受け取る日射量に直接影響し、氷床の成長と後退のパターンを決定づける要因です。
もし火星が今より重かったら、地球の氷床は異なるパターンで増減し、地上の生態系は全く別の進化を辿っていたのかもしれません。
参考文献
Mars Has a Surprising Influence on Earth’s Climate, Scientists Discover
https://www.sciencealert.com/mars-has-a-surprising-influence-on-earths-climate-scientists-discover
元論文
The Dependence of Earth Milankovitch Cycles on Martian Mass
https://doi.org/10.48550/arXiv.2512.02108
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

