
動物たちにとって生殖は本能に刻み込まれた行為です。しかしそれを阻むとどうなるでしょうか。
カナダのアルバータ大学(University of Alberta)やニュージーランドのオタゴ大学(University of Otago)などによる国際研究チームは、生殖を止めると多くの脊椎動物で寿命が大きく延びることを明らかにしました。
世界中の動物園・水族館の記録と、過去の実験研究をまとめて分析したところ、「避妊や去勢で生殖を止めた動物は、そうでない動物より、最大20%長生きする」という傾向が、さまざまな動物で共通して見えてきたのです。
この研究成果は、2025年12月10日付の学術誌『Nature』に掲載されています。
目次
- 生殖を止めると動物は長生きする!オスの寿命が延びる理由とは?
- 生殖を止めるとメスの寿命が延びる理由、人間では?
生殖を止めると動物は長生きする!オスの寿命が延びる理由とは?
多くの動物にとって、生殖は種の存続に欠かせない行為です。
一方で、以前から「生殖には体をすり減らすコストがあるのではないか」という仮説が語られてきました。
卵や精子をつくること、妊娠・出産・子育てにエネルギーを注ぐことは、体の維持や修復に回せる資源を削ることにもつながると考えられてきたのです。
とはいえ、本当に生殖が寿命を縮めているのか、どのくらい影響しているのかは、これまで種ごとに結果がバラバラで、はっきりした全体像は見えていませんでした。
そこで研究チームは、世界中の動物園や水族館に飼育される117種の哺乳類の個体データを集め、避妊や不妊手術の有無と寿命を比較しました。
さらに、魚類や爬虫類、霊長類やげっ歯類などを対象にした71件の既存研究をまとめて解析し、脊椎動物全体に共通するパターンがあるかどうかを調べました。
これほど多くの種を一度に比べた研究はきわめて珍しく、脊椎動物という大きなグループ全体で「生殖と寿命の関係」を本格的に検証した数少ない例だと言えます。
その結果、避妊や去勢手術によって生殖を止められた個体は、種ごとの差はあるものの、全体として見ると平均で10〜20%ほど長生きしていることが分かりました。
ライオンでも、サルでも、マウスでも、ヒツジでも、「子どもを作らないようにした個体のほうが長生きしやすい」という方向性は共通していたのです。
ただし、オスとメスでは、寿命が延びる「理由」が異なることも分かっています。
まずオスについては、鍵を握っていたのが性ホルモン、とくにテストステロンです。
研究チームは、オスに対して行われた2種類の手術に注目しました。
ひとつは精巣そのものを取り除く「去勢手術」、もうひとつは精子の通り道だけを切る「精管切除(いわゆるパイプカット)」です。
この2つを比べたところ、寿命が延びていたのは精巣を完全に取り除く去勢手術を受けた個体だけで、精管切除だけでは寿命はほとんど変わらないことが分かりました。
精巣が残る精管切除ではテストステロンの分泌は続きます。
一方、去勢をするとテストステロンの分泌が大きく低下します。
テストステロンは、メスへのアピールや縄張り争いを有利にする一方で、攻撃性やリスク行動を高める働きがあります。
その結果、ケンカや危険な行動によるケガ・死亡が増えてしまうのです。
実際、研究では去勢されたオスでは、こうした「行動に関わるトラブル」による死亡が、およそ13%減っていることが示されました。
つまり、去勢によって性ホルモンの働きが弱まり、争いや無理な行動が減ったことで、長生きにつながったと考えられます。
さらに、去勢を行うタイミングも重要でした。
思春期を過ぎてから去勢した場合、寿命は平均で約9%延びていましたが、思春期の前に去勢された場合は、寿命が平均で約14%も長くなっていました。
このことから、性ホルモンが体の成長期から老化の仕組みに関わっている可能性も示唆されています。
では、メスではどうでしょうか。
生殖を止めるとメスの寿命が延びる理由、人間では?
メスは、オスとはまったく別の理由で寿命が延びていました。
メスの生殖は、妊娠・出産・授乳・子育てといった一連のプロセスを通じて、長期間にわたり大量のエネルギーと栄養、そして体への負担を必要とします。
特に妊娠中や授乳中は、胎児や授乳のために免疫や代謝が変化し、感染症にかかりやすくなることが知られています。
研究チームは、避妊薬や不妊手術によって妊娠しないようにされたメスと、普通に出産・授乳を行ったメスを比較しました。
その結果、妊娠や出産を経験したメスのほうが、感染症や感染症関連の合併症で死亡する割合が高く、逆に生殖を止められたメスでは、感染症による死亡リスクが約13%低いことが分かりました。
つまり、メスの寿命が延びる大きな理由は「ホルモンが変わること」ではなく、「妊娠・出産・授乳という重い負担から体が解放されること」だと考えられます。
生殖に使っていたエネルギーや体力を、体の修復や免疫に回せるようになった結果、長生きしやすくなっているというイメージです。
これらの結果から分かる通り、生殖を止めると動物の寿命は延びますが、オスとメスではその理由が異なるのです。
さらに研究チームは、マウスやラットなどのげっ歯類を対象に、「どれくらい元気な状態で年を取れるか」という健康寿命も調べました。
その結果、オスでは去勢によって、年を取ってからの記憶力や体のバランス能力が良くなる傾向が見られました。
メスでは卵巣を取ることで生殖器の腫瘍が減る一方、活動量や認知機能が下がってしまうケースもあり、「良い面」と「悪い面」が両方あることも浮かび上がりました。
また、避妊・不妊の効果は、動物園などの飼育環境よりも、エサや安全が限られた野生環境のほうがより強く表れる傾向も示されました。
野生ではエネルギーが常に不足しがちで、妊娠や授乳の負担がより深刻なダメージになりやすいからです。
では、この結果は人間にも当てはまるのでしょうか。
研究チームは慎重な姿勢を保ちながらも、いくつかの興味深い示唆を挙げています。
まず男性については、歴史的な記録から、去勢された男性(いわゆる宦官)は、去勢されていない男性に比べておよそ18%ほど生存率が高かったというデータがあります。
これは、今回の動物データとよく似た傾向であり、「性ホルモンが強く働くほど、寿命は短くなりやすい」という考えを後押しします。
女性については、閉経によって中年期以降に生殖が終わることで、「長く生きることに繋がる可能性」があると研究チームは指摘しています。
子どもを産み続ける代わりに、自分の体を守りながら長生きして、子や孫の世話をすることで、一族全体の生存率を高めるという仮説を後押しするものかもしれません。
一方で、人間の女性では卵巣を摘出するような外科的な不妊手術が、必ずしも寿命の延長につながらず、むしろ老年期の健康を損なう可能性があるという報告もあります。
研究チームが強調しているのは、こうした違いを踏まえたうえでもなお、「子どもを作ろうと体を働かせる仕組み自体が、脊椎動物の寿命を広い範囲で左右している」という点です。
生き物たちの体はいつも、「子孫を残すこと」と「自分の命をどこまで長く保つか」という、見えない綱引きの上に成り立っているのかもしれません。
参考文献
Scientists Found That Castrated Animals Live Up to 20% Longer and the Same Might Be True for Humans
https://www.zmescience.com/science/biology/sterilization-longer-lifespan/
New research reveals the cost of reproduction
https://www.ualberta.ca/en/folio/2025/12/new-research-reveals-cost-of-reproduction.html
元論文
Sterilization and contraception increase lifespan across vertebrates
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09836-9
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

