あの頃より厚くなった背中が見えた
お店の客も、いつの間にかまばらになって、そして最後の客がいなくなった。崇は、カウンターの奥まった場所にある流し台で、ひとり、グラスを洗っている。あの頃よりも、厚くなった背中が見えた。彼は私の視線に気づいたようだ。
なにげなく、目が合う。

(写真:iStock)
「な、なんか…がっしりしたよね。鍛えているの?」
「健康を考えるトシだもんな」
「そういえば、いつも一緒に行っていた裏のカフェ、チョコザップになっていたのびっくりしちゃった」
「カフェが閉店したのは、10年前になるかな。ちなみに俺、今、そのチョコザップに通ってる」
「やばっ」
「やばっ、ってどっちの意味だよ」
ふたりきりの店内。終電が近づくけど…
ふたりきりの店内。たわいもない話で数十分。この時間がいつまでも続いて欲しいと思った。
でも、確実に終電の足音は近づいてくる。
「ちょっとお手洗い」
お手洗いはビル共有。一度外に出る必要がある。私は重い扉を開け、夜風にあたった。感情を冷やして、暴走しそうな車にブレーキをかける。
「あれ…?」
目に入ってきたのは、店の前の<CLOSED>となった看板だった。

(写真:iStock)
この店は、オールナイト営業だったはず。思い返せば、あんなにひっきりなしに入店があったのに、しばらくお客さんは来ていない。
私は閉じた扉をまた開けた。
「どうした? 誰か入ってた?」
カウンターの外に出て、テーブルを拭いていた男の背中に、私は思わず身を委ねた。
ブレーキはバカになる。
