キャスパー・ルードのバックが長く伸び、ゆっくりラインを割っていくと、196センチの長躯がその場に崩れ、コートに両ヒザをつき背を丸めた。
勝利の味を噛みしめる彼の下に、歩み寄り抱擁を交わすのは、45歳のロハン・ボパンナ。昨年1月、43歳にして史上最年長ダブルス世界1位に輝いた、ダブルス界の生けるレジェンドである。
対戦相手と握手を交わした後、腕で涙をぬぐいながらコート中央に歩み出て客席に手を振る彼を、ボパンナは指さし一層の拍手と声援を誘導する。「木下グループ ジャパンオープンテニス」初戦で、ルード/ジョーダン・トンプソン組からつかんだ6-3、6-4の勝利。それは、2日前に27歳の誕生日を迎えたばかりの柚木武が、ATPツアーで初めて手にした白星でもあった。
法政大学を経て5年前にプロ転向した柚木にとって、今季は新たな戦いのステージへとジャンプアップした1年だった。前年末のワイルドカード選手権で勝ち、1月の全豪オープンでグランドスラムに初出場。直後のデビスカップでは初めて日本代表に招集され、デビュー戦のコートにも立った。初めて足を踏み入れた大会や環境で、初めて深く関わる人々や対戦相手たち。
そうしてつながった人々の縁が、新たな出会いを生んだ。
「ジャパンオープンに行くかもしれない。誰か、ペアを組めそうな日本の選手はいるかな?」
デビスカップ監督の添田豪の下に、そのような連絡があったのはこの夏のこと。相手は、ボパンナ。添田とは年齢も近く、現役時代から互いによく知る仲だった。
「こんなビッグチャンスはない」と思った添田は、ボパンナに柚木を紹介。果たして2人は、先週の成都大会で初めてペアを組む。結果は、コンスタンチン・フランツェン/ロビン・ハーセに3-6、7-6(2)、[10-12]。敗れはしたが、手応えは手にした。
そして迎えた、本番とも言えるジャパンオープン――。
時速227キロを叩き出す柚木のサービスが、コートをえぐり、ルードのラケットを弾く。前衛では、時に柔らかく鋭角にボレーを沈め、時に豪快にスマッシュを叩き込む。
柚木が存分に躍動できるのは、相手の動きを読み切り、マエストロのようにコートを支配するボパンナの配球とポジショニングあってこそ。その柔らかなタッチや硬軟自在のサービスに、客席のそこかしこから「うまい!」と感嘆の声がもれた。
柚木を「ヤングガイ」と呼ぶボパンナは、新パートナーの武器や特性を次のように語る。
「サービスが大きな武器であることは、疑いの余地がない。同時に、彼のネットでの存在感を生かすためのポジショニングや身体の使い方などを、私の経験から助言できると思います。いかに相手に威圧感を与えるかが、ダブルスでは重要ですから」
一方の柚木も、レジェンドとプレーすることで得られるものは、測り知れない様子。
「ナンバー1の選手と組ませてもらえるという、本当になかなかできない体験をさせていただいている。それこそ、一緒に練習して色んなものを吸収できたりしたし、先週の試合では負けてしまったけれど、お互い役割や、どういうふうにプレーするかがわかってきた」
「それこそ小~中学生くらいから、ずっとテレビで見ていた選手とこうやって組めることになって、ずっと緊張もしてますけど、本当に色々と教えてもらっています。ダブルスとしての細かいところだったり。でも一番大きいのは、試合中に彼が考えていることを近くにいて感じられることで、本当に貴重な体験。それらは違う人と組むことになった時にも、生かせるのではないかと思います」
柚木の現在のダブルスランキングは、112位。今大会の結果次第で、来年の全豪オープン本戦入りも見えてくる。“師”の真横でその動きを、思想を、呼吸を感じ、さらなる上のステージを目指す。
【綿貫、本人も「びっくり」のケイレンによる逆転負け】
第1セットを6-2で奪い、第2セットは「呼吸がうまくできない」と感じてメディカルタイムアウトを取った直後に、ブレークに成功。順調に見えた流れの中で、突如、ケイレンが彼を襲った。
最初は、「フォアを打とうと思った時、足が前に出なかった」という形で現れる。やがて足から全身へと、筋肉の伸縮と痛みが広がった。いずれ治まるだろう思い、第2セットを落とした後もコートに立つが、なかなか身体は思うように動かない。最終的に綿貫陽介は、6-2、4-6、1-6でヌーノ・ボルジェスに敗れた。
試合後の会見でも気丈に試合を振り返る綿貫だが、混乱と深い落胆は隠せない。「棄権は全く考えなかった」のは、「どの試合でも最後まで諦めたくないし、特にこの大会では、ワイルドカードをもらっているから」との責任感も大きかった。
今季は、良いプレーや結果を残した直後に、コーチ変更やケガなどが起き、なかなか勢いに乗れない。もどかしさを抱えながらも、上昇気流に飛び乗る機を求めて戦いは続く。
取材・文●内田暁
【画像】ジャパンオープンテニスが開幕! 柚木武/ボパンナ、綿貫陽介はじめ、初日のプレーを厳選PHOTOで特集!
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