
アラスカなどを含むベーリング地域本土(mainland Beringia)のケナガマンモスは、約1万3000年前には姿を消したと考えられてきました。
ところが近年、博物館に収蔵されていた「マンモスの骨」が年代測定で約1900〜2700年前と判明し、「マンモスは2000年前まで生きていたのか」という驚きの疑問が持ち上がりました。
この謎を詳しく検証したのは、アラスカ大学フェアバンクス校(UAF)などの研究チームです。
その結果、問題の2標本はマンモスではなく、クジラに由来する骨だったことが分かりました。
本研究は2025年12月8日付の学術誌『Journal of Quaternary Science』に掲載されています。
目次
- 「2000年前のマンモス化石!?」、実はクジラの骨だった
- なぜ「クジラ」を「マンモス」と間違えたのか
「2000年前のマンモス化石!?」、実はクジラの骨だった
マンモスの絶滅時期は、古くから研究されてきたテーマです。
化石の放射性炭素年代測定を積み重ねた結果、ベーリング地域本土のケナガマンモスは、約1万3000年前にはいなくなったと考えられてきました。
ところが近年、永久凍土に残る環境DNA(environmental DNA)の研究から、マンモスが完新世(約1万1700年前以降)まで生き延びた可能性が示唆されました。
化石記録が示す年代と、DNAが示す年代が一致しないのです。
この食い違いを解消するには、年代が確かな「最も新しいマンモス化石」を増やし、どこまで若い個体が本当に存在したのかを丁寧に確かめる必要があります。
そこで始まったのが、2022年に立ち上げられた「Adopt-a-Mammoth」プロジェクトです。
博物館などの収蔵標本を見直し、放射性炭素年代測定を受けたマンモス化石を増やしていくことで、若い年代の標本を探し当てようとする試みでした。
この流れの中で注目されたのが、1950年代に採集され、長年「マンモスの脊椎の一部」として保管されてきた2つの標本です。
2022年に放射性炭素年代測定が行われたところ、約1900〜2700年前という、常識を大きく揺るがす結果が得られました。
もし本当にマンモスなら、これまでで最も新しい年代のマンモス標本になり得ます。
しかし、研究チームはこの結果をそのまま受け取らず、「本当にマンモスの骨なのか」を別の方法で確かめることにしました。
その検証の結果、この2つの骨はマンモスではなく、いずれもクジラに由来するものであることが明らかになりました。
本文2では、その詳しい結果と理由について説明します。
なぜ「クジラ」を「マンモス」と間違えたのか
最初に行われたのは、骨に含まれる安定同位体の分析でした。
特に注目されたのは、食性の違いが表れやすい窒素同位体比です。
分析の結果、この2つの骨は、陸上植物を食べていた大型草食動物では説明しにくいほど、窒素同位体の値が高いことが分かりました。
一般に、海の食物連鎖に強く依存する動物ほど、この値が高くなりやすいとされます。
つまり骨の「化学的な手がかり」が、陸の巨獣ではなく、海の大型哺乳類を疑わせる方向に傾いたのです。
さらに決定打となったのが古代DNA解析でした。
その結果、2つの骨はそれぞれ、ミンククジラとセミクジラに由来することが示されました。
こうして、「2000年前のマンモス化石」と思われていた標本は、実際にはクジラの骨だったことが確定しました。
ところが、ここで新たな謎が生まれます。
標本が見つかったとされる場所は、海岸から400キロメートル以上も離れたアラスカ内陸部でした。
なぜ海の動物であるクジラの骨が、そんな場所にあるのでしょうか。
研究チームは、この点について複数の可能性を簡潔に検討しています。
第一に、クジラが川を遡って内陸に入り込んだ可能性です。
しかし標本が見つかったのは小さな流れのそばで、巨大なクジラが入り込める水路とは考えにくいとされます。
第二に、クマなどの動物が骨を運び込んだ可能性です。
ただし、クジラの骨を何百キロも内陸まで運ぶのは現実的ではなく、この説明も有力とは言いにくいとされています。
第三に、人が運んだ可能性です。
アラスカ沿岸の先史時代の社会では、クジラの骨が道具の材料や、象徴的な目的に利用された例が知られています。
ただし今回のケースで、内陸部まで骨が運ばれたことを直接示す証拠は乏しいようです。
そして第四が、博物館資料の記録やラベルが混同された可能性です。
採集者が博物館へ提供したコレクションには、内陸部の標本だけでなく、沿岸部ノートン湾で採集された別の標本群も含まれていました。
研究チームは、最もあり得る説明の一つとして、沿岸で採集されたクジラ骨が内陸の標本として登録されてしまった可能性を挙げています。
ただし、どのシナリオが真相かを決定づける材料は限られており、最終的に「なぜ内陸にあったのか」は完全には解決していません。
それでも、この研究の意義は明確です。
一つは、「驚くほど若いマンモス化石」に見えるデータが出たとき、年代測定だけで結論を急がず、同位体やDNAなど複数の独立した証拠で確かめる重要性を示した点です。
もう一つは、博物館に収蔵された標本であっても、同定や採集情報が長い年月の中で揺らぐことがあり得るという現実を、具体例として示した点です。
「2000年前のマンモス」は幻でした。
しかしその検証の過程は、科学が驚きを慎重な確認で磨き直していく営みであることを、改めてはっきり見せてくれます。
参考文献
Youngest Mammoth Fossils Ever Found Turn Out To Be Whales… 400 Kilometers From The Coast
https://www.iflscience.com/youngest-mammoth-fossils-ever-found-turn-out-to-be-whales-400-kilometers-from-the-coast-81872
元論文
Adopted “mammoths” from Alaska turn out to be a whale’s tale
https://doi.org/10.1002/jqs.70040
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

