
北極海の氷が急速に失われつつあるなか、ホッキョクグマは絶滅の危機に瀕していると長く考えられています。
ところが最近、グリーンランド南部に生息する一部のホッキョクグマが、温暖化に対応するため、自らのDNAを“動的に変化させている”可能性があることが分かってきました。
その鍵を握るのは「ジャンピング遺伝子」と呼ばれる、ゲノム内を移動する特殊なDNA配列です。
研究の詳細は英イースト・アングリア大学(UEA)により、2025年12月12日付で科学雑誌『Mobile DNA』に掲載されています。
目次
- 氷が消える世界で、ホッキョクグマに何が起きているのか
- 「ジャンピング遺伝子」がDNAを書き換える
氷が消える世界で、ホッキョクグマに何が起きているのか
温暖化の進行により、北極海の海氷は記録的な減少を続けています。
ホッキョクグマは海氷の上からアザラシを狩る生態をもつため、氷の喪失はそのまま生存基盤の崩壊を意味します。
こうした中、注目されているのがグリーンランド南東部に生息する小規模なホッキョクグマ集団です。
この集団は約200年前に北部の個体群から分かれ、比較的温暖で、氷の不安定な地域に隔離されてきました。
2022年には、彼らが海氷への依存度が低いという特徴をもつことが報告され、厳しい環境下で独自の適応を遂げている可能性が指摘されていました。
今回発表された研究では、この南東部のホッキョクグマのDNAと気温変化との関係が詳しく調べられました。
その結果、気温の上昇とともに、ホッキョクグマのゲノム内部で特異な変化が起きていることが明らかになったのです。
「ジャンピング遺伝子」がDNAを書き換える
研究チームが注目したのは、「ジャンピング遺伝子」とも呼ばれるトランスポゾン(転移因子)です。
これはゲノム内を移動できるDNA配列で、挿入される位置によって、周囲の遺伝子の働きを変えることがあります。
ホッキョクグマのゲノムの約3分の1以上は、このトランスポゾンで構成されています。
研究者たちは、グリーンランド北東部(寒冷で安定した地域)の個体12頭と、南東部(温暖で変動の大きい地域)の個体5頭の遺伝情報を比較しました。
その結果、南東部の個体群では、トランスポゾンの活動が著しく活発化していることが分かりました。
特に、熱ストレス、老化、代謝、脂肪処理に関わる遺伝子の周辺で変化が多く見られ、1500以上のトランスポゾン配列が発現上昇していました。
研究者たちは、これは気温上昇という環境ストレスによって、トランスポゾンが一斉に動き出し、DNA配列を短期間で変化させている可能性を示していると考えています。
つまり、ホッキョクグマは世代交代を待つだけでなく、ゲノム内部の可動要素を使って、より速いスケールで環境に対応しようとしている可能性があるのです。
今回の研究は、ホッキョクグマが温暖化に対して完全に無力ではなく、遺伝子レベルで柔軟に応答しうる存在であることを示しています。
一方で、研究者自身も強調しているように、これは「安全が保証された」ことを意味するものではありません。
海氷の消失がさらに進めば、食料不足や繁殖の困難さは避けられず、遺伝的適応だけで乗り越えられる保証はないからです。
それでも、DNAを書き換えるほどの変化がすでに起きているという事実は、ホッキョクグマが最後まで生き残ろうともがいている証でもあります。
ホッキョクグマの未来を決めるのは、彼らの進化だけではありません。
人類が温暖化をどこまで抑えられるかが、その行方を左右することに変わりはないのです。
参考文献
Polar Bears May Be Evolving to Survive in a Warmer World
https://www.sciencealert.com/polar-bears-may-be-evolving-to-survive-in-a-warmer-world
Polar bears in southern Greenland are ‘using jumping genes to rapidly rewrite their own DNA’ to survive melting sea ice
https://www.livescience.com/animals/polar-bears/polar-bears-in-southern-greenland-are-using-jumping-genes-to-rapidly-rewrite-their-own-dna-to-survive-melting-sea-ice
元論文
Diverging transposon activity among polar bear sub-populations inhabiting different climate zones
https://doi.org/10.1186/s13100-025-00387-4
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

