
プラスチックは便利な反面、環境中で砕けて残るマイクロプラスチックが、自然の生態系、さらには私たちの体内にまで入り込む深刻な問題となっています。
こうした課題を根本から解決する可能性をもつ新素材が、日本の理化学研究所のチームによって開発されました。
その新型プラスチックは、植物由来でありながら堅牢で、しかも塩水中で完全に分解し、マイクロプラスチックを一切残さないという、従来の常識を覆す性質を備えています。
研究の詳細は2025年11月19日付で科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』に掲載されました。
目次
- なぜ「生分解性プラスチック」でも問題は残っていたのか
- 塩水でほどけ、元の分子に戻る
なぜ「生分解性プラスチック」でも問題は残っていたのか
これまでにも「生分解性」をうたうプラスチックは数多く開発されてきました。
代表例として知られる「ポリ乳酸」などは、植物由来で環境に優しい素材とされています。
しかし実際には、これらの多くは水になじみにくく、特に海洋環境では分解が極めて遅いという問題を抱えていました。
その結果、完全に分解される前に風化し、5ミリメートル以下のマイクロプラスチックとなって環境中に残ってしまいます。
こうした状況を打破するため、理化学研究所(理研)創発物性科学研究センターの研究チームは、超分子イオン重合と呼ばれる新しい発想に基づくプラスチック設計に取り組んできました。
今回開発された新型プラスチックは、世界で最も豊富に存在する有機物である植物由来セルロースを原料にしています。

木材パルプ由来のカルボキシメチルセルロースと、正電荷をもつグアニジニウム系分子を水中で混ぜると、両者が磁石のように引き合い、強固な架橋ネットワークを形成するのです。
この構造によって、通常使用時には十分な強度をもつプラスチックとして機能します。
塩水でほどけ、元の分子に戻る
この新素材の最大の特徴は、塩水中では架橋がほどけ、分子レベルまで解離する点にあります。
つまり、プラスチックが細かく砕けて残るのではなく、自然界で代謝可能な元の分子へと戻るため、マイクロプラスチックを一切生じません。
実際映像がこちら。
一方で、強度と使いやすさの両立も課題でした。
初期の素材は無色透明で非常に硬いものの、ガラスのようにもろい性質を示していました。
そこでチームは、FDAに承認された安全な食品添加物である塩化コリンを可塑剤として使用することを発見します。
この添加量を調整することで、硬いガラス状から、しなやかで堅牢なプラスチック、さらには元の長さの130%まで伸びる弾性体まで、性質を自在に制御できるようになりました。
さらに重要なのは、分解後の分子を回収し、品質を劣化させることなく再び同じプラスチックへ戻せる水平リサイクルが可能な点です。
従来の石油由来プラスチックのように、大きなエネルギーをかけて分解・再生する必要はありません。
自然界では、毎年およそ1兆トンものセルロースが生み出されています。
チームは、この豊富な天然資源から、使うときは丈夫で、不要になれば自然に還るプラスチックを実現しました。
研究者は「この技術は地球をプラスチック汚染から守る」と語っています。
プラスチックを単に減らすのではなく、環境と共存できる形へ進化させる。
その一つの明確な道筋を示した研究と言えるでしょう。
参考文献
堅牢なのに塩水中で分解するプラスチック-安価な木材成分から製造できる次世代高分子材料-
https://www.riken.jp/press/2025/20251203_2/index.html
The perfect polymer? Plant-based plastic is fully saltwater degradable and leaves behind zero microplastics
https://phys.org/news/2025-12-polymer-based-plastic-fully-saltwater.html
元論文
Supramolecular Ionic Polymerization: Cellulose-Based Supramolecular Plastics with Broadly Tunable Mechanical Properties
https://doi.org/10.1021/jacs.5c16680
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

