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能登半島地震で家を失った44歳のひきこもり男性、避難所の仮設トイレに“死んでも行きたくなかった”ワケ…「正義なんかこの世にないんだと思った」【2025 ルポ・ひきこもりからの脱出記事 1位】

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「謎の倦怠感」が続き、ひきこもる

その後、金沢星稜大学に進み経済学を学んだ。幻聴は続いており、入学早々「もう辞めたい」と思った。だが、大学裏の通りでボーっとしていると「ご飯行かねえ?」と声をかけてくれた同級生がいて、仲よくなったことで「もうちょっといようかな」と気持ちが変わる。

「もし、そのとき誘ってもらわなかったら、たぶんすぐ実家に帰って、ひきこもってました。ほんと運がよかったんです」

イベント系のサークルに入り、小学生とキャンプをしたり冬はスキーに行ったり。友だちと飲みに行くなど、ごく普通の学生生活を楽しむ一方で、体調不良は続いていた。幻聴はだいぶ改善されたが、日中は「謎の倦怠感」があり、眠いのに、眠れない。卒業まで5年半かかった。

「就職氷河期でしたが、一緒にバカやってたヤツらが就職決めていって、やっぱ正直、羨ましかったです。僕は病気がひどかったんで就活もしなかったんですが、周りの大人が『どうするが』って軽く聞いてくるのが嫌でしたね。ヤバいのは自分自身が一番よくわかっとるし、どうしようもならんのに」

25歳で大学卒業後、実家に戻り、ひきこもった。ときどきコンビニにタバコを買いに行く以外、ほとんど自室で本を読んで過ごしたという。「心に残った本は?」と聞くと、太宰治の『人間失格』を挙げた。

「ベタなんですけど、ああいう風に自分の弱さをさらけ出す人ってすごいなと思って。すごい人らが書いた文章を読むことによって、錯覚かもしれないけど、自分も社会との接点があるんじゃないかって思いたかったんです」

自分の限界を知り、再びひきこもる

体調が少し落ち着いたので、30歳で京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の3年に編入して文芸を学んだ。父親に学費と生活費を出してもらい、もっぱら古本屋巡りをしたり、神社仏閣を見て回った。

「文章を書く仕事なら、部屋にひきこもっていてもできるんじゃないかと、地方の文学賞にも応募したけど全然ダメで。文学の知識なら誰にも負けない自信があったのに、若い連中にかなわないと思って、白旗を上げました。会社勤めをしている弟に『あいつは何で働かないんだ、病気じゃなくて怠けているだけだ』と怒られたこともあり、卒業はせず珠洲に戻ることにしたんです」

再び、自室でひきこもる生活が始まった。

父親の知り合いから聞いて、障害者向けの就労継続支援B型作業所に月に1~2回通うように。積み木を削るなど簡単な作業をしたが、昼食を食べたら赤字になるくらいの工賃しかもらえない。

30代半ばのころ地元でひきこもりの支援をしている保健師と知り合い、民生委員の集まりなどで自身の体験を話すようになった。

だが、自立への糸口はなかなか見つからない。将来への不安がつのる中、襲われたのが地震だ。何もかも失った石尾さんが能登を出るきっかけは、1本の電話だった――。

取材・文/萩原絹代

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