世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団してから約3年半。京都・梅小路公園の寒い夜に銭湯で語り合った “若者たちの夢” はそれぞれの形で現実になりつつあった。
そしてついに……私自身も夢に挑戦する時が来たのである。サーカス流トレーニングで鍛えた体も気持ちも「夢を叶える準備」はできていた。いや、できまくっていたと言っても過言ではない。
──しかし、その先で待っていたのは完全に予想外の展開だった!
・夢を叶えていく仲間たち
2007年11月、群馬県高崎公演を迎えた頃には新たな練習生も何人か加わっていた。体操教室が始まった頃(2006年1月・京都公演)のような男同士の熱血柔道バトルなどは影を潜め、代わりに本格的な柔軟トレーニングやアクロバットなどの時間が増えていた。
あの頃の荒々しい青春が少しずつ終わっていくような寂しさがあったものの、サーカスを舞台に仲間たちが夢を叶えていく姿はいつも感動的だった。
「サーカスは夢を与える仕事なんやから、自分たちが夢を叶えないと説得力がないやろ」
先輩から言われた言葉もずっと胸に残っていた……さあ次は私の番である!
・サーカスを退団
私が挑むのは “欽ちゃん球団” こと、社会人硬式野球クラブチーム・茨城ゴールデンゴールズ。2005年に創立され、2007年に全日本クラブ野球選手権で優勝。人気・実力ともに絶頂のアマチュア球団だ。
そんなわけで私は、高崎公演を最後に木下サーカスを退団することを決めた。約3年半暮らしたテント裏のコンテナハウス、練習の汗、夜の銭湯、朝から晩まで一緒に過ごした家族のような仲間たち……そのすべてを手放す決断である。
団員たちは快く入団テストへ送り出してくれた。涙の送別会、胴上げをされて空を舞った瞬間にサーカスでの思い出が走馬灯のように駆け抜けた。サーカスは夢を語るのも叶えるのも当たり前の環境。だからこそ、私も次の舞台へ向かう。
いよいよ、熱い挑戦が始まる……!
