魅力は雪だけでなく食にも
13時半を過ぎたころ、たまたまレストランを手伝いに来ていた長女の井上美穂さんに話を聞くことができた。
「私は、普段、東京で働いています。スキー場が忙しいときや、まとまって休みが取れたとき、個人的に滑りたいときに、帰ってきています。スキーとボード、両方やるんですよ」

去年まで東京都内の高校で体育教師をしていて、いまも陸上部を指導しているという。お母さんのお腹にいたときからこの関温泉にいる。里帰りは、実家ではなくスキー場へ。ここは実家みたいなものなのだろう。
「メニューの発案から家庭菜園、買い出し、仕込み、調理まで、すべて母が決めてやっています。薬膳料理を調理する日本代表で、世界大会で2位になったこともある人で、やり出したらストイックに徹底的にやる。シーズンオフ中に家でいろいろ試行錯誤しながら、父や兄、常連さんに食べてもらったりして、研究熱心なんですよ。ほら、あの厨房にいるのが母です」
美穂さんの視線を追うと、朝、チケット売り場にいた人ではないか!


そんなお母さんが腕をふるうおすすめの一品、自家製バジルのジェノベーゼパスタがこちら。バジルは、お母さんが家庭菜園で大切に育てた手作りだ。クラシックなプレートがテーブルにサーブされた途端、バジルの香りが食卓を覆う。ソースがよく絡んだ平打ちのフェットチーネがもちもちして、小麦の香りが食欲をそそる。厚く切った自家製ベーコンはジューシーで、燻製の香りがバジルの爽やかさと相まって絶品だ。
「母は、朝8時にはスキー場に来て、チケットを売って、自分でスノーモービルを運転して11時くらいにレストランへ上がってきて、義姉たちとわ―って仕込みを始めます。16時に店を閉めて、4時半くらいにまたスノーモービルで下る。で、事務所でスキー場全体のお金の締め作業をします。それから翌日の買い出しをして、家に帰ってくるのが、早くて19時、遅くて21時になったりして、それが冬は毎日続く。本当に尊敬できる人です」
一方、社長の幹夫さんは、美穂さんにとってどんな父親だろう。
「私は生まれてから一度も父に怒られたことなくて、反抗期もあんまりなかったです。父は家族に対する愛がすごい。従業員に対しても、我が子のようにいつも接しています。もちろん、スキー場のことも愛していて、いろいろなものに対して愛に溢れている人です。それを言葉でも態度でもオープンに出してくれるのは、本当になんかいいなと思います」
事務所にやってくる外国人のお客さんにも、一人ひとり丁寧に接していたのが印象的だった。
「会社に勤めていたときから、仕事で海外へ行くことが多くて、そのときに地元の人に話しかけられたり、歓迎してもらえたことがすごく嬉しくて、今度は自分がお返ししたいっていう気持ちがあるようです」
オールフォーワンな家族経営

そんな働き者で愛に満ちた両親が営む関温泉スキー場は、美穂さんにとってどんな存在だったのだろう?
「当時、スノーボーダーを積極的に受け入れたスキー場であるので、ほかのゲレンデにはない明るい雰囲気がありました。それから、父がここを買い取って経営者になってからは、お客さんとの距離がすごく近くなって、アットホームな雰囲気のあるスキー場に変わったなという印象があります」
2月の繁忙期、業務に追われていた長男とは、話す機会を得られなかった。後を継がれるお兄さんは、どんな人ですか?
「父とはキャラが全然違う感じで、ちょっと話し下手なところがあります。でも、おもしろいことや、新しいものを積極的に取り入れていくことが好きなので、その点では父の血を継いでいますね。兄は技術者で、圧雪車の整備とか点検もぜんぶひとりでやるんですよ」
それぞれが得意な分野で力を発揮し、苦手な部分を補い合っている。「オールフォーワン(All for one)」な家族であり、チームである。昨今妙高でも外資系ファンドの動きが活発になっている。これだけ外国人に人気だと、スキー場を譲ってくれという話もあるという。
「父は『ふざけんじゃねえ』って電話を切ったりしてますね(笑)。こんなにいいところはなかなかないし、売ってしまったらもう二度と家族経営でなにかをやることはできないと思うので、大事にしていかなきゃと思っています」
親元を離れて暮らす美穂さんは、この5、6年で家族経営のスキー場がいかに貴重で、すごいことであるかを知ったという。

いま稼働しているリフトは「神奈山第1リフト」と「神奈山第3リフト」の2つ。ゲレンデマップをよく見ると白く塗りつぶされていることからもわかるように、以前はレルヒコースに「神奈山第2リフト」があった。また、向かって左、いまはBCエリアとなった春井沢ゲレンデにも1本リフトが架けられていた。
「リフト2本、これ以上大きかったら多分家族経営はなかなか難しいと思います。スキー場自体はコンパクトだけど、地形が変化に富み、小さいけど楽しめる。そんな家族で営むサイズ感が、外国人にウケているのかもしれませんね」
美味しい手作り料理と家族愛に満たされた取材班は、お礼の挨拶のため、レストランから井上社長のいる事務所へと滑り降りた。途中のコースは滑走ラインだらけ。パウダーをたらふく食べてお腹いっぱいになったであろう外国人スキーヤー、スノーボーダーは、すでにゲレンデから姿を消していた。

事務所に入ると、白人の男性が足を止め、「これ、私の家にもあるよ」と嬉しそうに指さしている。事務所の壁には、古いスキーの道具が飾られていた。

「古いスキーを見るとお客さんが喜ぶんですよ。だから、実家に帰ったときに親父の使っていたスキーを持ってきたりして、飾っているんです。あの赤いラングは、うちの女房の靴ですね」

井上家のスキーの系譜は、関温泉スキー場というレールに乗って、次世代へと引き継がれていく。
最後の質問をぶつけてみた。

「後継ぎのご長男は、頼り甲斐がありますか?」
「まったくないですね。頼りになるなと思った時点で、もう私の終わりですわ」

photo:小野塚大悟
Information
関温泉スキー場
〒949-2235 新潟県妙高市関温泉
公式サイト:http://www.sekionsen.jp/
