
ランニングやトレーニング中は、時計を見るたびに「思ったより時間が進んでいない」と感じることがあります。
こうした時間感覚のズレについて、イタリア技術研究所(IIT)の研究チームは、その原因は身体的な疲労ではなく、脳が使っている注意や認知資源にある可能性を示しました。
この研究は2025年7月15日付の『Scientific Reports』誌に掲載されています。
目次
- なぜ「運動すると時間が長く感じる」のかを調べた研究
- 「疲労」ではなく「注意」が時間を歪めていた
なぜ「運動すると時間が長く感じる」のかを調べた研究
私たちの主観的な時間感覚は、実際の時計の時間と必ずしも一致しません。
退屈な待ち時間が異様に長く感じられたり、集中していると時間があっという間に過ぎたりするのは、その典型例です。
これまでの研究では、ランニングや自転車などの身体運動中にも、刺激の持続時間を実際より長く見積もる傾向があることが報告されてきました。
しかし、その原因については長年議論が続いていました。
一つは、生理的な説明です。
運動によって心拍数が上がり、体温が変化し、ホルモンが分泌されることで、脳内の「内部時計」が変調を受けるという考え方です。
もう一つは、認知的な説明です。
運動中は身体を制御するために注意や認知資源が使われ、時間の処理に回せる資源が変化することで、主観的な時間が歪むのではないか、という仮説です。
今回の研究の目的は、この二つの可能性を実験的に切り分けることでした。
研究チームは22人の参加者に対し、まず「2秒間表示される青い四角形」を見せ、その長さを記憶してもらいました。
その後、1秒から4秒のさまざまな長さの刺激を提示し、「基準と同じ長さか、違うか」を判断してもらいます。
この時間判断課題を、次の4つの条件で行いました。
1つ目は、何もせずに立ったまま行うベースライン条件です。
2つ目は、トレッドミル上で走りながら行う条件です。
3つ目は、身体的な負荷は比較的小さいものの、バランスを取るのが難しい「後ろ歩き」をしながら行う条件です。
4つ目は、運動はせずに立ったまま、時間の長さを判断する課題に加えて、模様を覚えて答える視覚記憶課題を同時に行う「二重課題条件」です。
こうした実験の結果、走行・後ろ歩き・二重課題のすべてで、刺激の時間は実際より長く感じられており、およそ7〜9%ほど長めに見積もられていました。
一方、立ったままのベースラインでは、このズレはほとんど見られませんでした。
では、この結果は何を意味するのでしょうか。
「疲労」ではなく「注意」が時間を歪めていた
研究結果にて、特に注目すべきなのは、心拍数と時間感覚のズレが一致していなかった点です。
走行中は心拍数が大きく上昇しましたが、後ろ歩きでは心拍数の上昇は比較的小さく抑えられていました。
それにもかかわらず、時間の過大評価の大きさは、両者でほぼ同じだったのです。
さらに、運動を伴わない二重課題条件でも、同程度の時間の歪みが生じていました。
これらの結果は、時間感覚のズレを、身体的なきつさや生理的変化だけで説明することはできず、認知的な要因が大きく関わっている可能性が高いことを示しています。
トレッドミルで走る、後ろ向きに歩く、複数の課題を同時にこなすといった状況では、身体の制御や課題処理に注意が割かれます。
その結果、時間を処理する際の注意の使われ方が変化し、刺激の持続時間が長く知覚されたのかもしれません。
また重要なのは、判断の精度が低下していなかった点です。
参加者は、時間をいい加減に判断していたわけではありません。
むしろ、一定のズレを保ったまま、安定して時間を判断していました。
これは、知覚そのものが系統的に歪んでいたことを示しています。
研究者たちは、「運動中に観察される時間感覚の変化を、生理的な影響だけに結びつけて解釈するのは慎重であるべきだ」と結論付けています。
今後は、走る以外の運動や、視覚以外の感覚、さらにはより長い時間スケールでも同様の現象が起こるのかを調べる必要があるとしています。
私たちが感じる「時間」は、時計の針だけで決まっているわけではありません。
身体をどう動かし、どこに注意を向けているかによって、常に変化しているのです。
参考文献
How running tricks your brain into overestimating time
https://www.psypost.org/how-running-tricks-your-brain-into-overestimating-time/
Running the Clock: Attention and Movement Skew Time Perception
https://neurosciencenews.com/movement-attention-time-perception-29467/
元論文
The role of physical and cognitive effort on time perception
https://doi.org/10.1038/s41598-025-07814-9
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

