画期的な成果だが、統計データを安易に個人に当てはめてはいけない

今回の研究により、性別違和感を抱える人たちには胎児期の発達段階で何らかの生物学的な影響があった可能性が示唆されました。
本研究の発見は、性別違和感という現象が単なる心理的なものだけではなく、胎児期の脳発達に関連している可能性を示し、当事者への理解を深める新たな手がかりとなるでしょう。
コラム:安易に個人に当てはめてはいけない
今回の研究で対象となった、軽度の外見の異常(MPA)にはある程度、見た目で気づけるものもありますが、素人が確実に判別できるものではありません。実際、本研究では訓練を受けた精神科医による測定器具を用いた厳密な計測が行われています。また研究で得られた結果はあくまで統計データであり、個人の目や耳の形をみて性別違和感のある人だと決めつけるのは間違いです。今回の研究は外見の小さな異常と性別違和感というこれまで見過ごされがちであった間に統計的な関連を見出した厳粛な科学研究であり、(当然ながら)差別を助長するものではありません。
また、この研究では比較相手が異性への性的指向の人に限られており、性的指向(誰を好きになるか)の影響が混ざっている可能性も残ります。
また今回の研究はトルコが拠点となっており、日本人やその他の民族でも同様の結果が得られるかは今後の研究課題となるでしょう。
それでも、本研究はMPAと性別違和感の関連を示した初の系統的な検証報告であり、この分野におけるパイオニア的な一歩となりました。
研究チームは今後、遺伝子やエピゲノム(DNAの化学修飾)、胎児期のホルモン環境などを詳しく調べることで、性別違和感の神経発達学的な背景をさらに解明できると期待しています。
もしかしたら未来の世界では、私たちの体に刻まれた小さな“足跡”を手がかりに、見えない脳の発達の仕組みや違いを読み解けるようになるのかもしれません。
元論文
Minor Physical Anomalies as a Gateway to Understanding the Neurodevelopmental Roots of Gender Dysphoria
https://doi.org/10.1080/0092623X.2025.2555930
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

