「結婚は、引退するまで無理だろうって、以前は思い込んでいたんです」
ふわりと柔らかく笑い、日比野菜緒は、数年前の自分と対話するように言った。その彼女が、昨年末に入籍。去る12月13日には都内の『ブラスブルー東京』にて、親族や友人、恩師たちに祝福されて式を挙げた。新郎の増田啓孝氏は、現在は日比野のツアーコーチ。今季は二人で、20に及ぶ国々を転戦してきた。
「現役生活と結婚の両立は不可能」との思いに彼女が縛られてきた訳は、一つには、日本での前例やモデルケースの少なさが大きかったという。
「先輩たちを見ても、やはり引退してから結婚されている方が多い。それにまだ日本では、『恋愛なんかしてないで、テニスに集中しろ』という風潮があるように感じていました。お付き合いしていることも、公にしない方がいいのかなとか。恋愛や結婚は全てキャリアが終ってからするものみたいな考えが、自分の中にはありましたね」
一息にそう言うと、「まあ、自分の思い込みだったんですけどね」と、照れたように日比野は笑った。
二人が出会ったのは、2015年のジャパンオープン。早稲田大学テニス部の増田氏が、プレーヤーサービスのサポートに入っていたことがきっかけだった。
増田氏は生まれこそ日本だが、父親の仕事の都合で、3歳の時からアルゼンチン、アメリカ、スペイン、そしてチリと異国を転々。複数の言語を操り、多種多様な文化や人々と接してきた彼は、日本の慣習からも自由だ。同時に、多くの価値観を知るからこそ「決まり切った正解なんてない」と、どこか達観している。
「子どもの頃はインターナショナルスクールに通っていたので、あらゆる国のいろんな人種がいて、色んな家族と触れ合う機会が多かった。そうすると『何が正解なのかな』と常に感じてきたし、正解がなさすぎて『もはや全員が正解!』という風な考えに、徐々に寄っていったんだと思います」
穏やかに、増田氏が自分の原点を振り返る。そんな価値観を持つ2歳年少の増田氏に、日比野は「人生、何周目⁉」と感嘆。温かな敬意は出会いを重ね、好意へと昇華していった。
かくもしなやかな増田氏だからこそ、「引退まで結婚はない」という当初の日比野の意向にも、「それならそれで」と賛同。ところが、日比野の結婚願望が高まったため、逆に「困ってしまった」という。“テニスプレーヤー日比野”の最大のファンであり、そのポテンシャルを誰より信じているのが、外ならぬ増田氏だったからだ。
「菜緒は、結婚したら引退して、一緒に日本に住むと言っていたんです。でも、結婚か引退かという二択が、究極の選択過ぎるなと思ってたんで...」
その時を思い出したか、増田氏の頬に困惑の色が浮かぶ。
「何が正解なのかなって、けっこう考えましたね」
それが、昨年のことだった。
一つの転機は、昨年の9月。フルリモートで働いていた増田氏の、労働環境に変化が訪れた。
「それまでは仕事をやりくりしながら試合を見に行けたんですが、職場の方から、定期的に出社してほしいと言われたんです。すると応援にも行けなくなるので、転職を考えていた。その頃に、『結婚を機に、一緒にツアーを回るという選択肢もあるよね』という話を、菜緒としたんです」
話し合いの場は、遠征先の香港。交わす言葉で互いの想いに輪郭を描くなかで、日比野は、「テニスから逃げようとしていた」自分に気づいた。
「正直、まだやれるだろうと思っていた自分がいた。結婚を言い訳に辞めようと思っていることも、本当はわかっていたんだと思います」
それに...と、日比野は少し言いにくそうに、言葉を選びつつ続けた。
「コーチの竹内映二さんには、10年近くお世話になってきた。そこには、ものすごく感謝しています。ただ、刺激が薄れつつあるなかで、新しいアイディアを与えてくれる人を、探していたところもあったと思います。だったら、わたしの試合を誰よりも見てくれている、彼が適任なのかなとも思ったんです」
プロポーズという一方通行ではなく、双方向的な「話し合い」を重ねて至った結論が、結婚し二人でツアーを回ること。日比野は「プロテニスプレーヤー」の看板を背負い続け、増田氏は「日比野菜緒のツアーコーチ」となった。
その決断を家族に相談する際に、日比野は「絶対に反対されるだろうな」と思っていたという。
「そんな覚悟で、うまくいくはずないって言われるだろうな...」
そんな予感が胸をふさぐ。実際に、付き合い始めた当初は日比野曰く「わたしが浮ついていた」がため、母親に怒られたこともあった。
いざ自分の意思を伝えると、返ってきた言葉は...、「すごくいいアイディアじゃない!」。うれしいというよりも、「えっ、ほんとに?」と一瞬、きょとんとした。
もう一人、日比野と増田氏が「最も緊張した」報告相手がいる。コーチの、竹内映二氏だ。特に増田氏にしてみれば、自分が役目を引き継ぐということ。「僕みたいな素人に、コーチを任せてもらえるだろうか」との不安に襲われた。
はたして、二人で出した答えを伝えにいった時、キャリア最大の恩師は「俺も、それが良いかと考えていた」と言ったという。
「菜緒には、後に続く選手たちのロールモデルになって欲しい」
そんな、希望の声も添えて。
家族や恩師のエールを背に受け、胸を張って歩み始めた今シーズン。ただはじめの頃は、小さな祖語もあったという。
「わたしと(竹内)映二さんとの関係は、わたしが一を尋ねたら、映二さんが十答えてくれる感じでした。それを彼にも求めて、『何か教えてよ!』って言ってたんです。そしたら彼が、『俺は映二さんとは違う。経験値がないのだから、二人で一緒に考えて進んでいきたい』と言われて」
恥ずかしそうに、日比野が明かす。
「そっか、それはそうだよね」と納得した日比野は、結果として「以前より、自分で考えられるようになった」と感じているという。
今季の初夏は、これまで苦手意識を抱き、避けてきたクレーコート大会に挑戦し続けた。その成果として、全仏オープンでは苦しい予選を切り抜け本戦へ。ただクレーコート出場の真の狙いは、シーズン終盤のハードコートにあったという。
「赤土で培った戦略性や思考力は、ハードコートで生きる」との信念のもと、費やしてきた2カ月間。9月末に手にしたITF W100仁川大会優勝は、「わかりやすい正解はない」なかで、選んだ道を正解とすべく重ねた試行錯誤の対価だった。
今年の冬で、入籍から1年経った。“旅”を新婚生活の拠点とする慌ただしさの中、あえて式を挙げたのは、「やはりお世話になってきた方たちに、目に見える形で報告したかった」から。「感謝の気持ちを、伝えられる場になれば」と、挙式を控え“新婦”は笑った。
二人が選んだ挙式スタイルは、神仏ではなく、列席者たちを証人とする『人前式』。かつて、周囲の賛同は得られないだろうと思っていた二人は、大切な人々の前で誓いを立て、新たなスタートを切った。
取材・文●内田暁
【画像】新たなスタートを切った日比野菜緒&増田啓孝氏の厳選ブライダルフォト
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