■「“女性”という存在を借りて社会的な物語を語ることに魅力を感じました」

――オープントークやプロダクションノートも拝見したなかで、興味深いと思ったのは、この映画は「長い間胸のなかに抱えていた物語だ」とおっしゃっていたことです。本作はどのように生まれたのでしょうか。
「私は『パク・ファヨン』と『大人たちには分からない』というインディペンデント映画を2本制作していて、今回が3作目です。本作の構想は、実は『パク・ファヨン』を書く前からありました。最初の長編作品について考えながら、恋愛映画としてアイデアを膨らませていたのです。つまり、江南という都市の夜を舞台にした、とても切実な男女のラブストーリーを作ろうと企画していたのです。ところが制作条件が整わなかったため、『パク・ファヨン』と『大人たちには分からない』を先に撮ることになったんです」
――では、その後も何年もずっと考えていらっしゃったのですね。
「はい、大体7~8年くらいだったと思います。そして改めて『この物語をどうかたちにすればいいのか』と考えたときに、『ジャンル映画にしてみてはどうか』というアイディアが浮かび、『女性のクライムサスペンスにしてみてはどうかな』と思いつきました。そこで男女のキャラクターを女性同士に変えたんです。そうして自然に女性と女性の物語を軸とした犯罪ドラマに移行していきました」
――「女性と女性の物語」になった一番大きなきっかけは?
「私は人間に対して関心が強いんです。前作もそうでしたし、気づけば女性キャラクターを扱う映画を主に撮ってきました。でも特に『女性にスポットライトを当てて描こう』と意識したわけではありません。根本的には人間そのものへの関心から来ています。でも、私は男性ですよね。だから自分が書く言葉や言い回し、語り口を男性キャラクターに当てはめるよりも、女性俳優がそれを表現したときに生じる違和感やズレ、そこから生まれるおもしろさや新しい表現の可能性に惹かれたのです。さらに『人への関心』とは、社会的弱者への関心でもあります。もちろん現代において『女性が必ずしも男性より弱者だ』ということでは決してありません。ただ、女性という存在を借りて社会的な物語を語ることに魅力を感じていました。そういう理由から、自然と前作でも女性キャラクターを扱い、今回も女性を主人公にすることになったのだと思います」
――なるほど。男性である監督から見た「女性の葛藤」を描いているのですね。そうしたものは取材を重ねて掴んだものなのでしょうか。それとも想像力で描かれた部分が大きいのでしょうか。
「実際にインタビューもたくさんしましたし、もちろん想像もします。ただ、特に『女性がやる』と想像するのではなく『人間がやる』と想像するんです。その後、俳優がキャスティングされると、その俳優と話しながら少しずつ調整していく。そういうやり方で作業しています」

――どんな方々にインタビューをされたんですか。
「夜の世界で働いている人々に話を聞きました。加えて、江南の不動産関係者や、江南で実際に働いていたタトゥーアーティストなど、様々な職業の人たちを取材しました」
――そのなかで、特に印象的だった言葉はありましたか。
「タトゥーをしていた友人とのインタビューが特に印象に残っています。その人の話が、この映画のソックというキャラクターに多く反映されました。同じ時代を生きているのに、私たちは江南という街のことをよく知らない。実際にははるかに多様で、驚くほどたくさんの出来事が起きている場所だということを実感させられました」

■「魅力的でカッコイイ女性といえば、自然にハン・ソヒ&チョン・ジョンソが思い浮かびました」

――実際にそうした人々の話が反映されているわけですね。韓国映画では、女性2人が物語を引っ張る映画はそれほど多くない印象です。アメリカ映画では『テルマ&ルイーズ』のような例がありますが、今回ハン・ソヒさんとチョン・ジョンソさんをキャスティングされた理由は何でしょうか。
「やはり“魅力的な人物”であることが大事だと思いました。女性2人のバディムービーを作るときには、観客が『観たい』と思える存在感が必要です。そのためにはカッコいい女性像が欠かせません。自然に思い浮かんだのが、ハン・ソヒさんとチョン・ジョンソさんでした。お二人は韓国国内にとどまらず、いまや時代のアイコンのような存在です。2人を通してキャラクターの声を届ければ、説得力や吸引力も増すと考えました」
――最初からお二人を念頭に置いて脚本を書かれたのですか?
「いえ、脚本をほぼ書き終える段階になって思い浮かびました。そのあと出演が決まり、会って話をしながら脚本を修正していった感じです」
――難しい役ですが、お二人の反応はいかがでしたか。
「ありがたいことに、とても早く出演を決めてくださいました。脚本をおもしろく読んでくださり、キャラクターを好意的に見てくださった。そして『同世代の女性2人が物語を牽引すること』に大きな価値を感じてくださったようです。さらに助けになったのは、私の前作『パク・ファヨン』と『大人たちには分からない』を高く評価し、楽しんで観てくださっていたことです。それも今回の参加を後押ししてくれたと思います」
――ハン・ソヒさんは日本でもドラマで人気があります。華やかさと強さをあわせ持つ方だと思います。監督から見て、俳優ハン・ソヒの魅力はどんなところでしょうか。
「ハン・ソヒさんは、一見するとガールクラッシュで強く見えるかもしれませんが、私が感じたのはとても人間的で誠実な人だということです。信念がはっきりしていて、それを守りながら生きている、とても健康的でしっかりした方だと思います。『夫婦の世界』や『マイネーム』など、これまでの出演作を観ればわかりますが、ハン・ソヒさんの俳優としての魅力は数えきれないほどあります。ただ、今回は『PROJECT Y』のミソンとしてのハン・ソヒさんを見てみたかった。つまり、私が最も見たかったのは、これまで彼女が演じてこなかったキャラクターです。生き延びようとする切迫した気持ち、極限の状況での必死さ。それをハン・ソヒさんが持つ感情と感性でぶつけたら、観客にとって『良い意味での裏切り』になるのではないか。そう思ったんです」
――スクリーンのなかのハン・ソヒさんを見るとき、どこに注目するといいでしょう。
「私は俳優の演技を見るとき、まず目をよく見ます。ただ、ハン・ソヒさんの場合は目に集中していただいてもいいですが、それ以上に彼女から発せられる情緒や感情そのものを感じてほしい。心を開いて、そのリアリティを受け取ってほしいんです。リアリティというのは曖昧ですが、ソヒさんの感情の流れをそのまま追っていく。そういう見方が一番いいと思います」
――では、今回の撮影で「これぞ」と思った瞬間はありましたか?鳥肌が立つような場面は。
「ガヨンが死んだあと、ミソンがドギョンに『一緒に行こう』と3回ほど繰り返す場面があります。実際の撮影では6〜7回は繰り返しました。編集で3回になったのですが、まるで母を失った子どもが道に迷い、泣きじゃくるような。ミソンは実際に母に捨てられてシェルターでドギョンに出会い、ガヨンと暮らすようになったのに、また母を失った。捨てられてひとりぼっちになった子のように泣く、その感情と表情が最も印象に残っています」
――演技のとき、監督は事前に細かく指示を出されるのですか?それとも自然に任せるタイプですか?
「現場で見ながらアイデアを出すこともありますし、共同創作ですから俳優と一緒に作っていく。ハン・ソヒさんの意見も聞き、私のアイデアも伝え、やり取りを重ねながらディベロップしていきました」

――チョン・ジョンソさんも個性の強い方ですよね。『バーニング』での演技も驚きました。監督が驚かれた点は?
「チョン・ジョンソさんはこれまで強い役が多かったのですが、私はむしろ逆に、弱さを持った姿を見たいと思ったんです。『PROJECT Y』では、未熟で弱い部分が描かれています。強いふりをしていても、ガヨンの死後、表では平静を装いながら、裏では1人で泣いている。これまで彼女から見たことのない“弱さ”が映し出されたと思います」
――素顔はどんな方ですか。
「スマートで礼儀正しく、とても合理的な人です。キャラクターについて話すときも、分析が鋭く賢いと感じます。意見を出すときも『監督はどう思いますか?』と必ず尋ねてくれる。そうしたやり取りの呼吸がとても合いました」
――ハン・ソヒさんとチョン・ジョンソさんはもともと知り合いでしたが、そのことを意識して演出されたのですか。
「はい、知っていました。そして2人が快く引き受けてくれたおかげで、とても楽しく撮影できました。劇中は強いキャラクターを演じていますが、素顔は普通の20代~30代の女性たちと同じです」
――お二人の友情やケミストリーが作品に反映された場面もありますか?
「全体を通して表れています。特定のシーンだけでなく、2人のケミストリーが自然ににじみ出ている。それは2人の実際の友情と積み重ねた時間が反映されたからで、このキャラクターに自然と溶け込んだのだと思います。キャラクターとの違いはありますが、感情や交流の部分では確かに2人の友情に助けられたと思います」

■「それぞれに自分の“Y”を完成させてくれればと思っています」

――色彩にはどんな工夫をされたのですか。
「色はたくさん使いたいと思いました。90年代の香港映画のルネサンス時代、『男たちの挽歌』『天若有情』『花様年華』『恋する惑星』といった作品を、韓国的に再現してみたいと強く思ったんです。だから色を積極的に取り入れ、そうした要素をもう少し洗練されたかたちで、ニュートロとして作品に落とし込めないかと考えました。2人の俳優にもよく似合うと思いましたし」
――タイトル『PROJECT Y』を見ると、赤とオレンジが基調になっていますね。赤いジャケットを着たシーンもありましたが、赤には特別な意味を込められたのでしょうか。
「赤は実はチョン・ジョンソさんのアイディアでした。もしドギョンの色を1つ決めるなら赤がいいのでは、と。そこで赤を多く使いました。時々黒も出てきますが、黒は赤を際立たせるための対比として、極端に見せたいときに使いました。基本は赤を主に据えたかったんです」
――音楽も独特で印象的でした。
「映像はニュートロですが、音楽はむしろ古い名作映画に出てくるようなジャズやブルースを取り入れてみようと思ったんです。オープニングとエンディングはそれを使いました。中盤の出勤シーンではニュートロに合う音楽を、さらにヒップホップなども用いました。作品の雰囲気を際立たせ、キャラクターをより説得力を持って観客に届けるために、それぞれのキャラクターに音楽ジャンルを与えたようなかたちです」
――それぞれのキャラクターに音楽があったのですね。
「そうです。たとえばト社長には独自のシグネチャー的な音楽をつけましたし、ミソンとドギョンにも5分ほど音楽が続く場面があります。2人の本当の連帯感を示したかったので、オーケストラを入れました」
――タランティーノ監督の影響も感じました。
「その通りです。本編に出てくるタイトルの色も『パルプ・フィクション』と同じです。映画監督ならみんなそうだと思いますが、私もタランティーノ監督が大好きなんです。金を掘り当てるシーンの俯瞰ショットも、オマージュ的に撮りました。丸ごと真似るつもりはなかったのですが、好きだからこそ自然ににじみ出たのだと思います」

――「この映画は時速150キロで突っ走るようなスピード感だ」と、BIFFのオープントークで語っていましたが、スピード感を出すためにどんな工夫を?
「現場ではとにかく長回しで撮っておこうと思いました。そのほうが編集で使いやすいので。編集では逆にテンポを速くし、カットを短くして人物から人物へとつなぎました。キャラクタームービーだと考えていたので、登場人物たちが金を追いかける流れを一気にまとめる編集をしました。その結果、初めての試みでしたが、狙いどおりのスピード感が出せたと思います。ただし、ガヨンの死を描く場面ではじっくり見せています。全体としてテンポとリズムのバランスを意識しました。ジャンル映画にふさわしいテンポ感を目指しました」
――前作も社会の片隅に生きる人々を描いていましたが、今回もそうした雰囲気があります。そうしたテーマを選ぶ理由は?
「やはり人間への関心からです。人間とは何か、という問いが常にあります。人は成長するために選択をします。その選択は正しいこともあれば間違うこともある。大きな傷を負うことも、達成感を得ることもある。だからこそ、人への関心は必然的に社会の底辺に生きる人々、欲望に翻弄される人々に向かっていくのだと思います。子どもの頃はそうした環境に少し触れていたかもしれません。いまは違いますが、不思議といつもそういう人々に目が行きます。ドキュメンタリーを観ても、そうしたキャラクターに心が引かれます」

――タイトル『PROJECT Y』の意味を教えてください。
「『プロジェクト』とは、ミソンとドギョンが事件を経験し、大きな決断を迫られることです。2人にとってそれは巨大なプロジェクトでした。“Y”は“Young(若さ)”、“Youth(”青春)”、“Yearn(切望)”など、様々な意味を込めました。ガヨンとの関係性も“くびき”から逃れられないものでした。このようにいろいろな意味があるため、観客がこの映画を観て、それぞれに自分の“Y”を完成させてくれればと思っています」
――ありがとうございます。では最後に、本作を日本の観客にはどのように観てほしいですか。
「人間の物語として観てほしいです。日本とか韓国とか、国境や国籍を考えずに。ただ欲望を抱えた人間が、極限状況でどんな選択をし、どんな感情を抱くのか。『もし自分だったら』と人間として向き合って観ていただければうれしいです」
取材・文/桑畑優香
