2030年以降、全国の小学校・中学校・高等学校で順次実施が予定されている次期学習指導要領。その議論の内容を見ていくと、日本の教育の方向性そのものが、インクルーシブ教育を軸に再構築されつつあることがわかります。そこで前編に引き続き、ノートルダム清心女子大学准教授・インクルーシブ教育研究センター長の青山新吾氏にお話を伺い、インクルーシブ教育を実践するうえでのヒントを探っていきます。
インクルーシブ教育は、これまでの工夫のみではなく、新しい教育システムをつくっていくこと

—— 実際、インクルーシブ教育を始めましょうとなったときに、「なんだか大変そう」「取り入れるのが難しそう」と感じる教員の方もいらっしゃると思います。そうした方々に向けて、青山先生からアドバイスをいただけますか。
「前編でも少しお話ししましたが、今、教育の現場で“全員が同じ内容を、同じペースで、同じプロセスで学べるのだろうか”という問題意識が高まった結果、新しい授業スタイルにチャレンジする機運が巡ってきたのではないかと思います。これまでも、“ちゃんと考えたらできる子”や“別のプロセスで挑戦したら正解にたどり着ける子”などに対して、一斉授業の中で自然に対応してこられた先生も多いと思います。インクルーシブ教育は、これまで先生方が授業の中で積み重ねてこられた工夫の延長線上にある面と、子どもたちの多様な姿に合わせて子どもの学びを考えていく「教育システムの変化」の両方の発想で進めていくものです。インクルーシブ教育に取り組む上で大切なことのひとつは、“これまでのやり方”にとらわれすぎない発想だと思います」
“正解”より“対話”。インクルーシブ教育を支える先生の新しい視点

—— インクルーシブ教育を実践するにあたって、見直すべき“当たり前”がたくさんありそうですね。
「そうなんです。“夏休みの思い出発表会”や“2分の1成人式”などもよくある当たり前のイベントかもしれませんが、子どもたちの中には、休みの間ずっと給食を待っていた子や、生まれた頃の写真がない子もいるかもしれないですよね。そうした中で、『楽しかったことやうれしかったことを話そう』『両親に話を聞いてみよう』そして『みんなの前で発表しよう』と指示しているわけです。小学校で教員をしている僕の元教え子は、複雑な生い立ちや家庭環境を持つ子どもたちに対しての問題に気付き、『これまで問題に気付かずなんてことを言っていたんだろう』とすごく悔いていました」
—— 学校生活の中では可視化されにくい背景を持つ子どもの人権を守るという点でもインクルーシブ教育が役立つんですね。
「おっしゃる通りです。僕はいつも、講演などで『インクルーシブ教育には多面的で様々な視点が必要だ』とお話しているのですが、その中でも人権は大きな視点だと考えています。他にもカリキュラムや施設・環境などの視点もありますが、すべての本質は子どもたち一人ひとりを大切にすることですからね」
青山先生が考えるインクルーシブ教育の多面生(資料提供:青山新吾)—— 多面的な視点が必要ということは、先生お一人では限界があると思います。どんなに頑張っても、理解や協力が得られないと行き詰まってしまうのではないでしょうか。
「まさにその通りで、日本全国の教育内容がスタンダード化する傾向が強いのです。“どこにいても同じ教育が受けられなければいけない”という考えが根強くあります。そんな状況ではインクルーシブ教育の普及はなかなか足並みが揃わないと思いますが、”揃わない”という事実を大切にしながら出発し、”揃わない”から仕方なく揃えていないのではなく、”揃えない”ことそのものの意味を考えながら進めていけると良いと思います。
そして、理解や協力を得るうえで対話がとても大きな役割を果たします。子どもとの対話、子ども同士の対話、教職員同士の対話、保護者や地域との対話、そして組織を超えた“ごちゃまぜ対話”など、どの視点においても効率性を求めずに対話の時間を作ってください。特に子どもは、対話を通して物事を民主的に考える力を身につけ、10年後、20年後の多様な社会を支える軸になっていってくれるはずです」
