ドタバタ喜劇に社会風刺を巧みに取り入れた名作の数々で知られるチャールズ・チャップリン。ちょびヒゲにブカブカのズボンと靴、ステッキと山高帽がトレードマークの彼は生前、自身が「ロマ」の血を引いていることを誇りに思っていた。彼の息子で、『ライムライト』などで親子共演もしているマイケル・チャップリンが、親子の関係を見つめ直すとともに、極貧の少年時代からスイスで過ごした晩年までをたどる。
ロマの血が育んだ反骨精神とユーモア
最近よくある「似た俳優」をキャスティングした伝記ものかと思って見ました。娯楽映画としては星一つにしましたが、チャップリン家が全面協力した純然たるドキュメンタリー映画として見応えがあります。
4人目の妻との息子、マイケルが案内役、孫娘のカルメンが監督。秘蔵のプライベート映像や、ジョニー・デップをはじめとしたゆかりのある人物へのインタビューを通してルーツに迫ります。
よくも悪くも「素」のチャップリンを知る身内が明らかにしていくのは、彼の体内に8分の1ほど流れている「ロマ」の血。「ロマ」はかつてジプシーと称されましたが、現在では蔑称とみなされ、日本語字幕では「ロマ」に統一されています。
しかし、ヨーロッパを中心に今も存在感があると言われる放浪の民「ロマ」は、私たち日本人には馴染みがないのでは。なので、特有の音楽やダンス、芸能など、「ロマ」自体の特徴が分かる映像がもう少しあれば、と思ってしまいました。
日本にも「山窩」という山間部を移動しながら狩猟採集して暮らす「山の民」がいましたね。昭和になっても、ごく少数が独自の生活を維持していました。山窩の人々の自由な生き方はクリエイター魂を刺激するようで、さまざまな作品が作られました。自分も研究書を読みましたし、ショーケン(萩原健一)が主演した映画『瀬降り物語』も見ています。
一方、チャップリンの作品に通底する反骨精神、反権力、反ブルジョアは、弱者に対する優しいまなざしなのかと思っておりました。しかし、その背景には長年にわたり差別と迫害を受けてきた「ロマ」の血があったのだと納得がいきました。
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もし現代に生きていたら、何を風刺したか
というわけで、今、もしチャップリンが生きていたら、どんな映画を作ったかとつい妄想してしまいます。
「独裁者」ではヒトラーのマネをして、猛烈かつストレートに皮肉っていましたよね。現代は、AIで何でもできるわけですから、AIチャップリンにトランプをおちょくらせるのはどうでしょう。あるいは、プーチンとか。いやプーチンはヤバいか…製作サイドが消されてしまいますね。
チャップリン特有のコマ送りのような滑稽な動き、モノクロームだからこそ漂う哀愁。奇しくもあの時代の技術が作り上げた稀代の役者なのでしょう。
今や何でもありの映画界では、あの可笑しみは出せない。その証拠に、1952年にアメリカを追放されてからは2本しか撮っていません。技術の進化とともに、限界を迎えていたのかもしれません。
チャップリン
監督・脚本:カルメン・チャップリン
出演:マイケル・チャップリン、ジェラルディン・チャップリン、ジョニー・デップ、トニー・ガトリフ、エミール・クストリッツァ、ストーケロ・ローゼンバーグ、リタ・カベルト、ファルキート
配給:アンプラグド
角川シネマ有楽町ほか全国順次公開中
「週刊実話」1月8・15日号より
やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。
