日本の首都・東京をホームタウンにするJリーグのFC東京。地域密着を掲げるサッカークラブとして、地元の子どもたちへのサッカー教室を行っているが、その範囲は都市部だけでなく、離島にも及んでいる。中には都心から1,000km離れた場所や、時化(しけ)で船の就航率が5割ほどになるという、まるでRPGの世界のような秘境も含まれている。FC東京が毎年離島にコーチを派遣し続けるのは一体なぜなのか。担当するFC東京・普及部の中村淳部長に伺った。
都心から船で半日以上?信号が1つもない絶海の孤島へ
夕焼けに照らされる式根島「三宅島、式根島、新島、小笠原諸島の父島、母島でここ10年くらい毎年教室を開催しています。その他にも大島や八丈島、青ヶ島などの離島でも不定期ではありますが、実施しています。最も遠い小笠原諸島は片道1,000kmもあり、船でしか行けないので、行くのに丸1日かかりますね」
中村さんのいる普及部は、サッカー教室の開催や大会の実施などを通して、ボールを蹴る楽しさを伝え、地域とのつながりを深める役割を担っている。中村さん自身も長年コーチとして離島教室に参加してきた。
「今はマネージメントをしているので現地には行っていませんが、以前はよく伺っていました。私は23区の出身なので、離島に行くと驚くことが多くあり、『ここも東京都なのか、東京って広いな』と何度も思わされました。訪れた中で一番驚いたのは、10年ほど前に行った青ヶ島村ですね。私は羽田空港から八丈島まで飛行機で行き、そこからヘリコプターに乗り換えて向かいました。この方法であれば2時間ほどで行けますが、船で行けば乗船時間だけで半日以上かかります。しかも青ヶ島は波の影響を受けやすいためにフェリーの着岸が難しく、就航率は5割ほどというところなんです。ヘリコプターも両手で収まるくらいの人しか乗ることができず、前々からの予約が必要でした。上陸するのが本当に難しかったですが、島の方と調整しながら開催することができました」
青ヶ島は、大きい火口の中に火山が重なってできる二重カルデラという珍しい地形が見られる場所として知られる。アクセスの悪さと絶景が楽しめる秘境感があいまってSNSなどでも人気だ。また、2025年現在の人口は約160人。日本で一番人口の少ない村でもある。
「学校のグラウンドで教室を開きましたが、驚いたのは島内の信号機が小学校の前にある一機だけってことです。しかも、この信号機も交通上必要というわけではなく、子どもが島外に出た時に信号機が分からないとまずいからという理由で設置されていると聞きました」
中村さんは島内の子どもや大人を対象にサッカー教室を開催し、夜には島民の方々と一緒に名産品を味わい、さえぎるもののない満天の星空を見上げたという。
コロナ禍でも途絶えなかったサッカー教室
式根島で開かれたFC東京のサッカー教室。奥には岩肌が見え、生活の中でむき出しの自然を感じられる離島でのサッカー教室はFC東京創立当初の1999年から行っている。
チームのコーチ2人がフェリーや飛行機などを使って訪問。未就学児や小学生、中高生など経験の有無に関わらず幅広い子どもたちにサッカーを教えているという。
「子どもたちはもちろん、大人の方々にも教室を開いています。参加人数は島によって変わりますが、去年で言えば、父島で低学年30人、高学年は16人、中学生と大人が20人くらい。母島は全体で20人くらいでした。場所はスポーツ施設があればそちらを利用させてもらったり、学校のグラウンドを使わせてもらったりして行います」
サッカー教室の時間はおおよそ1時間~1時間半。ボールを蹴ったり、試合をしたり、経験や年齢に応じて内容は変わるが、根底にあるのは「サッカーを楽しんでもらう」という考え方だと中村さんは話す。
教室は、コロナ禍で往来が困難になった2020年、2021年こそ開催できなかったが、2022年には島側から「こういう時だからこそ続けてほしい」という依頼があり、実施が決まった。コーチは船に乗船するまで何度も検査をし、陰性を確認する万全の体制で臨んだという。
中村さんは「皆さんから全ての感想を聞いているわけではないですが、毎年『今年も』とお願いしていただいていることを考えると、ニーズにお応えできているのかなと思っています」と話す。毎年参加者からは「楽しかった」という声が多いそうだ。
