第III期:「自己実現」のためのケア
第III期では、スケールが大きくなりすぎたケアの価値規範が自己犠牲を強要するものであり、シリーズ開始当初に目指された自分の意志のために戦うヒロイン像から乖離するとして見直された。ここでは、ケアの対象として重きを置かれているのが「自分」、つまりヒロイン自身となった。(同 紀要論文より引用)
ところが、この「社会全体を救うヒロイン像」はやがてシリーズに負担をもたらしていった、と論文は指摘します。
「世界を救い、敵も救わなければならない」という使命は、プリキュアに過剰な自己犠牲を求める構造となっていったとし、第III期作品(「Go!プリンセスプリキュア(2015年)」~「ヒーリングっどプリキュア(2020年)」)ではケアの対象が「自分自身」へと戻っていったと整理されています。
この時期のプリキュアは、「自分はどうありたいのか」を軸に戦うようになったとし、敵と無理に分かり合う必要はなく、理解できない存在は理解できないままでよい、という価値観も描かれるようになったとしています。
例えば「魔法つかいプリキュア!」では、世界を救う大義ではなく身近な人との日常を守るための戦いが描かれましたし、「なんでもできる!なんでもなれる」を掲げた「HUGっと!プリキュア」もまた自己決定の物語でした。
論文ではこうした描写を、過剰なケアからの距離の取り直しとして位置付けて、「世界を背負うヒロイン像」からの脱却を図った、と論じます。
「第III期」以降に見えてきた「キミとわたし」
ここまでが、井村氏らによって論文で整理されたプリキュアシリーズのケアの変遷の3つの時期となっています。
しかしこの論文が扱っているのは、「ヒーリングっどプリキュア」(2020年)までの作品群です。
そこで筆者がこの論文以降の2021年以降のプリキュアを見渡すと、一つの傾向が見て取れるように感じます(※以降は、近年作を連続して見た著者独自の見解であり、井村氏らの論文の結論を補強するものでも、拡張するものでもありません)。
2021年以降、近年のプリキュアシリーズにおける傾向として、「キミとわたし」という二者関係への着地が見られるように思われます。
「ひろがるスカイ!プリキュア」(2023年)ではヒーローとわたし「わんだふるぷりきゅあ!」(2024年)ではペットと飼い主「キミとアイドルプリキュア♪」(2025年)ではアイドルとファン
世界のためでもなく、不特定多数の誰かのためでもなく、自分のためだけでもない。
「キミとわたし」という最小単位のつながりに焦点を当てる構図が昨今のプリキュアでは見られるようになってきているように思われます。
もちろん、それは突然変わったわけではなく、数年をかけてグラデーションで「キミとわたし」への関係性が色濃くなっているのだと思われますが、特に最新作「キミとアイドルプリキュア♪」では、世界を救うことだけではなく「アイドルとファン」のような、まず「あなたを大切にする」という個々人同士の関係性が強く描かれている傾向があります。
プリキュアと私たちは「守る、守られる」という縦の関係性から「キミとわたし」という横の関係性への変化が見られるようになってきているのではないでしょうか。
その変化の一例として「男子プリキュアの変身」が挙げられます。
論文でいう第I期、第II期では「守られる存在」として描かれていた男の子ですが、第III期「HUGっと!プリキュア」(2018年)では、ついに初の男の子のプリキュア「キュアアンフィニ」が誕生しました。しかしその変身の動機は「なりたい自分になる」という自己決定のための変身でした。
一方、「キミとアイドルプリキュア♪」(2025年)で響カイトが変身した男子プリキュア「キュアコネクト」は、友達を助けたいという「キミとわたし」の関係性においての変身となりました。
「自分がどうなりたいか」から「キミのためにできること」へと、同じ男子プリキュアでもその成り立ちは大きく異なり、ここでもそのテーマの変遷が見て取れます。

