最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
混戦のタイトル争いは面白い! F1史で12回あった三つ巴&四つ巴の最終戦……その結末を振り返る

混戦のタイトル争いは面白い! F1史で12回あった三つ巴&四つ巴の最終戦……その結末を振り返る

ランド・ノリス、マックス・フェルスタッペン、オスカー・ピアストリが王座を争った2025年シーズンのF1。過去にも、3人以上のドライバーによるタイトル争いが最終戦までもつれた例はいくつかある。

■1950年イタリアGP:ファリーナが記念すべき初代王者に

最終戦前のポイントランキング
1. ファン・マヌエル・ファンジオ(アルファロメオ)26ポイント
2. ルイジ・ファジオーリ(アルファロメオ)24ポイント
3. ジュゼッペ・ファリーナ(アルファロメオ)22ポイント

最終ポイントランキング
1. ジュゼッペ・ファリーナ(アルファロメオ)30ポイント
2. ファン・マヌエル・ファンジオ(アルファロメオ)27ポイント
3. ルイジ・ファジオーリ(アルファロメオ)24ポイント

 F1が世界選手権化されて最初の年は、当時カレンダーに組み込まれていたインディ500を除いた全てのレースでアルファロメオが優勝し、シーズンを席巻した。当然チャンピオン争いも、アルファロメオの3人によって争われた。

 当時は、7戦中4戦のリザルトが採用される有効ポイント制。最終戦前に4度2位に入っているファジオーリは、モンツァでの最終戦で優勝が必須と不利な立場であった。一方で表彰台に入ればチャンピオンになれたファンジオは、ポールスタートからギヤボックストラブルでリタイア。このレースを制したファリーナが逆転でチャンピオンに輝いた。

■1951年スペインGP:5度の王者ファンジオの初戴冠

最終戦前のポイントランキング
1. ファン・マヌエル・ファンジオ(アルファロメオ)27pts
2. アルベルト・アスカリ(フェラーリ)25pts
3. ホセ・フロイラン・ゴンザレス(フェラーリ)21pts

最終ポイントランキング
1. ファン・マヌエル・ファンジオ(アルファロメオ)31pts
2. アルベルト・アスカリ(フェラーリ)25pts
3. ホセ・フロイラン・ゴンザレス(フェラーリ)24pts

 1951年は打って変わって、フェラーリvsアルファロメオの構図に。フェラーリのアスカリとゴンザレスがアルファロメオのファンジオに挑んだ。ただ、前年と同じ有効ポイント制により、ゴンザレスは優勝とファステストラップが必須、アスカリは2位以上が必須と追う側は厳しい条件であった。

 わずか6つのコーナーで構成されるペドラルベス・サーキットで行なわれた最終戦では、ポールシッターのアスカリがタイヤトラブルに見舞われるのを尻目にファンジオが優勝。見事初の世界タイトルを手にした。

■1959年アメリカGP:ブラバムはガス欠もなんとか逃げ切り

最終戦前のポイントランキング
1. ジャック・ブラバム(クーパー)31ポイント
2. スターリング・モス(クーパー/BRM)25.5ポイント
3. トニー・ブルックス(ヴァンウォール)23ポイント

最終ポイントランキング
1. ジャック・ブラバム(クーパー)31ポイント
2. トニー・ブルックス(ヴァンウォール)27ポイント
3. スターリング・モス(クーパー/BRM)25.5ポイント

 ファンジオとマイク・ホーソーンの引退により、現役王者不在となった1959年シーズン。全9戦(インディ500含む)のシーズン前半はブラバムが圧倒していたが、後半戦に2連続リタイアとなったことでモスとブルックスの追い上げを許した。

 セブリングで行なわれた最終戦はモスがポールから逃げを打ったが、ギヤボックストラブルでタイトル争いから離脱。これでトップに立ったブラバムがレースを制するかと思われたが、最終ラップでまさかの燃料切れに見舞われ、マシンを押して4位でのフィニッシュに終わった。ただ、逆転には優勝が必須だったブルックスが3位に終わったため、王座はブラバムのもとに転がりこんだ。

■1964年メキシコGP:最終ラップの劇的決着

最終戦前のポイントランキング
1. グラハム・ヒル(BRM)39ポイント
2. ジョン・サーティース(フェラーリ)34ポイント
3. ジム・クラーク(ロータス)30ポイント

最終ポイントランキング
1. ジョン・サーティース(フェラーリ)40ポイント
2. グラハム・ヒル(BRM)39ポイント
3. ジム・クラーク(ロータス)32ポイント

 最終戦の最後の最後で起こった逆転劇というと、多くのファンが2008年のブラジルGP、2021年アブダビGPなどを思い浮かべるだろうが、1964年のメキシコGPも劇的な決着だった。

 最終戦を迎えた時点でリードしていたのはヒル。しかし10戦中6戦が有効ポイントとなるシーズンにおいて既に7度入賞しており、最終戦で表彰台に登らないとシリーズポイントが増えない状況だった。

 決勝では優勝が絶対条件のクラークがポールポジションからレースをリードした一方、ヒルとサーティースは中団に埋もれていた。ただヒルは10番手から一時3番手まで追い上げ、このままフィニッシュすればチャンピオンという状況だったが、接触によりエキゾーストを損傷し、またも後方に沈んでしまった。

 これでクラークが再び有利になったが、今後は“速いが脆い”ロータスのマシンに残り8周でオイル漏れが発生。クラークは残り2周で首位陥落となり、王座はヒルのものかと思われた。しかし、2位に上がったロレンツォ・バンディーニがチームメイトのサーティースを先行させたことで、サーティースが1点差でヒルを逆転して王座に輝いたのだった。

■1968年メキシコGP:ヒルが2度目の王座に

最終戦前のポイントランキング
1. グラハム・ヒル(ロータス)39ポイント
2. ジャッキー・スチュワート(マトラ)36ポイント
3. デニス・ハルム(マクラーレン)33ポイント

最終ポイントランキング
1. グラハム・ヒル(ロータス)48ポイント
2. ジャッキー・スチュワート(マトラ)36ポイント
3. デニス・ハルム(マクラーレン)33ポイント

 クラークがF2での事故で衝撃的な死を遂げたこのシーズンは、ロータスの僚友ヒルがシーズンをリードしていたが、一方でリタイアも多かった。そのため最終戦ではスチュワートとハルムが逆転の可能性を残していた。特にスチュワートは、優勝すれば自力で逆転王座を手にできる状況だった。

 決勝レースはヒル3番グリッド、ハルム4番グリッド、スチュワート7番グリッドからのスタート。スタートではヒルが首位に立ったが、5周目には早くもスチュワートがトップに立ち、優位につけた。しかしスチュワートは燃圧低下と、フレームの亀裂によるサスペンショントラブルで後退。ヒルは盤石なレース運びで優勝し、2度目の王座を手にした。

■1974年アメリカGP:フィッティパルディがレガッツォーニ下す

最終戦前のポイントランキング
1. エマーソン・フィッティパルディ(マクラーレン)52ポイント
2. クレイ・レガッツォーニ(フェラーリ)52ポイント
3. ジョディ・シェクター(ティレル)45ポイント

最終ポイントランキング
1. エマーソン・フィッティパルディ(マクラーレン)55ポイント
2. クレイ・レガッツォーニ(フェラーリ)52ポイント
3. ジョディ・シェクター(ティレル)45ポイント

 1974年シーズンは、4人のドライバーが王座を争った。フェラーリのニキ・ラウダは第10戦終了時点でランキング首位だったが、終盤5戦を全てリタイアしたことで戦線離脱した。これにより、最終戦はフィッティパルディとレガッツォーニの一騎打ちになると見られ、シェクターはわずかながら逆転の可能性を残す状況だった。

 ワトキンス・グレンでの最終戦は、シェクターが6番手、フィッティパルディが8番手、レガッツォーニが9番手といずれも上位グリッドを逃した。シェクターは4番手走行中にメカニカルトラブルでリタイアしたため、焦点はフィッティパルディとレガッツォーニのどちらが前でフィニッシュするかに絞られた。しかしレガッツォーニはハンドリングに不満を訴え、11位まで順位を落とした。そして4位でフィニッシュしたフィッティパルディが、自身2度目のワールドチャンピオンを獲得した。

■1981年シーザーズパレスGP:執念の走り見せたピケが初戴冠

最終戦前のポイントランキング
1. カルロス・ロイテマン(ウイリアムズ)49ポイント
2. ネルソン・ピケ(ブラバム)48ポイント
3. ジャック・ラフィット(リジェ)43ポイント

最終ポイントランキング
1. ネルソン・ピケ(ブラバム)50ポイント
2. カルロス・ロイテマン(ウイリアムズ)49ポイント
3. アラン・ジョーンズ(ウイリアムズ)46ポイント
4. ジャック・ラフィット(リジェ)44ポイント

 最終戦を前に上位5人が12点差以内にひしめくなど、激戦となった1981年シーズン。タイトルの可能性を残していたのは3人で、悪名高いラスベガスのシーザーズパレス特設コースで最終決戦が行なわれた。

 ロイテマンはポールポジションを獲得し優位な状況だったが、トラブルもありずるずると後退。12番グリッドスタートのラフィットも一時2番手に上がるなど見せ場を作ったが、ミシュランタイヤが酷暑に苦しみ順位を落とした。その中でピケは疲労困憊の中でラフィットらを抑えて辛くも5位でフィニッシュし、1ポイント差で王座に輝いた。

■1983年南アフリカGP:ライバルのトラブル尻目にピケが王座獲得

最終戦前のポイントランキング
1. アラン・プロスト(ルノー)57ポイント
2. ネルソン・ピケ(ブラバム)55ポイント
3. ルネ・アルヌー(フェラーリ)49ポイント

最終ポイントランキング
1. ネルソン・ピケ(ブラバム)59ポイント
2. アラン・プロスト(ルノー)57ポイント
3. ルネ・アルヌー(フェラーリ)49ポイント

 1983年シーズンの最終戦を前に、トップにつけていたのはルノーのプロスト。ブラバムのピケが2点差で続き、最速フェラーリのアルヌーは後半戦3勝して追い上げてきたものの、最終戦優勝が絶対条件であった。

 キャラミで行なわれたレースはフェラーリのパトリック・タンベイがポールを獲得したが、スタートで2番グリッドのピケが首位に立ちレースをリードした。一方でアルヌー、プロストは共にトラブルでリタイア。これでピケは無理せず3位でチェッカーを受け、2度目の王座を獲得した。

■1986年オーストラリアGP:まさかのタイヤバーストで決着

最終戦前のポイントランキング
1. ナイジェル・マンセル(ウイリアムズ)70ポイント
2. アラン・プロスト(マクラーレン)64ポイント
3. ネルソン・ピケ(ウイリアムズ)63ポイント

最終ポイントランキング
1. アラン・プロスト(マクラーレン)72ポイント
2. ナイジェル・マンセル(ウイリアムズ)70ポイント
3. ネルソン・ピケ(ウイリアムズ)69ポイント

 ウイリアムズのマンセルとピケ、マクラーレンのプロスト、ロータスのアイルトン・セナの4名が主役となった1986年シーズン。セナは信頼性不足に足を引っ張られ戦線離脱し、3人がチャンピオンの権利を持ち最終戦を迎えた。ポイントリーダーはマンセルだったが、有効ポイント制の影響によりプロストかピケが優勝した場合は2位に入る必要があった。

 決勝レースはプロストのチームメイト、ケケ・ロズベルグが7番グリッドから驚きのスタートダッシュでトップに立ち、レースをリードした。一方チームメイトから援護を受けていたプロストだったが他車と接触し、32周目に新品タイヤに交換。グッドイヤーは当初1ストップ作戦を推奨していたが、プロストが履いていたタイヤをチェックした結果、交換なしで走り切ることが可能と通達した。

 しかし、ドラマはここから始まった。レースをリードしていたロズベルグの右リヤタイヤにデラミネーション(トレッド剥離)が発生。ウイリアムズが警告する間も無く、マンセルのタイヤも次の周に派手にバーストした。ピケも安全策でピットインしたため、プロストに勝利が転がり込み、劇的な形でチャンピオンを手にした。

■2007年ブラジルGP:1点差の超大混戦をライコネンが制す

最終戦前のポイントランキング
1. ルイス・ハミルトン(マクラーレン)107ポイント
2. フェルナンド・アロンソ(マクラーレン)103ポイント
3. キミ・ライコネン(フェラーリ)100ポイント

最終ポイントランキング
1. キミ・ライコネン(フェラーリ)110ポイント
2. ルイス・ハミルトン(マクラーレン)109ポイント
3. フェルナンド・アロンソ(マクラーレン)109ポイント

 マクラーレンの新人ハミルトンが開幕から9戦連続で表彰台に上がる驚異のパフォーマンスを見せ、選手権をリードした2007年シーズン。ハミルトンのルーキーチャンピオンは確実かに思われたが、最終戦前の中国GPで濡れた路面に足をすくわれてリタイアに終わったことで、チームメイトのアロンソ、フェラーリのライコネンによる三つ巴の争いで最終戦を迎えた。

 しかしハミルトンは最終戦の決勝レース序盤にギヤボックストラブルに見舞われ、後方に後退。この時点ではアロンソにタイトルが転がり込む計算であったが、ライコネンがポールシッターのチームメイト、フェリペ・マッサをオーバーカットしたことで首位浮上。優位な状況に立った。

 最終的にライコネンが優勝で110ポイント、アロンソ3位で109ポイント、ハミルトン7位で109ポイントという結果に。ランキング上位3台が1ポイント差以内でシーズンを終える、歴史的混戦の1年であった。

■2010年アブダビGP:史上初四つ巴決戦でベッテルが逆転王座

最終戦前のポイントランキング
1. フェルナンド・アロンソ(フェラーリ)246ポイント
2. マーク・ウェーバー(レッドブル)238ポイント
3. セバスチャン・ベッテル(レッドブル)231ポイント
4. ルイス・ハミルトン(マクラーレン)222ポイント

最終ポイントランキング
1. セバスチャン・ベッテル(レッドブル)256ポイント
2. フェルナンド・アロンソ(フェラーリ)252ポイント
3. マーク・ウェーバー(レッドブル)242ポイント
4. ルイス・ハミルトン(マクラーレン)240ポイント

 2010年のように、最終戦を前に4人のドライバーにタイトル獲得の権利があったシーズンは後にも先にもない。第5戦以降はアロンソ、ウェーバー、ベッテル、ハミルトンの4人で勝利を分け合うなど、混戦模様となっていた。

 決勝のポールポジションは、逆転には2位以上が必須なベッテル。優勝がマストのハミルトンも2番グリッドに並んだ。3番手アロンソ、ウェーバーは5番手だった。

 この時点ではポイントリーダーのアロンソが有利な状況だったが、彼は最大のライバルとみなしていたウェーバーのピットインに反応する形で序盤にピットイン。すると既にピットストップを消化していたルノーのヴィタリー・ペトロフに引っかかる形となってしまった。皮肉にもDRS投入前最後のレースで、アロンソはペトロフを最後まで抜くことができず7位でフィニッシュ。ポールトゥウインを飾ったベッテルが逆転で初王座を獲得した。

■2025年アブダビGP:フェルスタッペン、歴史的大逆転ならず

最終戦前のポイントランキング
1. ランド・ノリス(マクラーレン)408ポイント
2. マックス・フェルスタッペン(レッドブル)396ポイント
3. オスカー・ピアストリ(マクラーレン)392ポイント

最終ポイントランキング
1. ランド・ノリス(マクラーレン)423ポイント
2. マックス・フェルスタッペン(レッドブル)421ポイント
3. オスカー・ピアストリ(マクラーレン)410ポイント

 2025年シーズンは、15年ぶりに3人以上のドライバーで争われる最終戦となった。特に一時はポイントリーダーと100点以上の差がついていたフェルスタッペンの猛追は凄まじく、歴史的な大逆転なるかが注目された。

 フェルスタッペンはポールポジションからスタートし、完璧なレース運びで優勝。しかし表彰台以上で自力王座を決められる状況にあったノリスが3位でフィニッシュし、わずか2ポイント差で逃げ切り初のワールドチャンピオンとなった。

あなたにおすすめ