かつて東南アジアの夜遊びの聖地として、タイのパッポンやナナプラザと並び称されたフィリピン・アンヘレスを覚えているだろうか。マニラから北へ約80キロ、パンパンガ州クラーク地区にある街で、クラーク米軍基地の門前町として1950年代から1960年代に急速に発展した。1970年代のベトナム戦争期には、米兵が夜ごと集まるアジア最大級の歓楽街に。米軍とともに韓国軍も駐留した影響で、のちに巨大なコリアンタウンが形成されるほど、外国人が定着していった。
ところが1991年、ピナトゥボ火山の大噴火と米軍撤退により、街は壊滅的な打撃を受ける。観光業も一時は壊滅状態となったが、1990年代後半から2000年代にかけて、外国人旅行者向けナイトタウンとして、再び息を吹き返した。
そして2010年頃になると、マニラのマビニストリート周辺で治安悪化や取り締まり強化、地上げなどが進み、置屋街が縮小。そこで働いていた多くの女性が、アンヘレスへと流入してきた。
さらに同時期、南部のサマール、レイテ、ネグロス、ソルソゴン、ミンダナオなど地方からも女性が集まり、人の流れは一気に増えた。2010年代前半には大手資本が大型ゴーゴーバーを次々に開業し、週末にはプールパーティーまで開催される「第二の黄金期」が到来する。ウォーキングストリートは、アジアでも屈指の熱気にあふれていた。しかしこの栄光は、大きく揺らぐことになる。
アンヘレスの勢いに翳りが見え始めたのは、2010年代後半だ。主要客層だった元米兵が高齢化し、クラーク基地ゆかりの退役軍人やロングステイヤーが年々減少。街を訪れる回数は自然と減っていった。
そして2020年、新型コロナの世界的流行が直撃。外国人観光客は激減し、街全体のエネルギーは一気に萎んだ。地元住民が語る。
「昔はどの店もパンパンでしたが、コロナで一気に変わりました。店も客も激減して、勢いは戻っていません」
さらに追い打ちをかけたのが、ゴーゴーバーの欧米人オーナーの高齢化だ。地元住民が続ける。
「店を手放す人が増え、その多くを韓国系資本が買い取りました。今ではウォーキングストリートの店の6割が韓国人オーナーと言われています。ただ、韓国系の店は欧米式の『ショーを見るゴーゴー』ではなく、女性が私服でスマホをいじる『置屋スタイル』が中心なんです」
この店作りの違いにより、ショー文化を好む欧米客の足は遠のいた。2010年代中盤までは性病検査(通称:ハイジーン)のクリニック前に、50人以上の女性が並ぶ光景が日常的に見られた(2枚目の写真)。ダンサーは健康証明のカードを首から提げて踊っており、衛生管はも一定の水準が守られていた。

しかし近年は韓国系店の増加にともない、検査に訪れる女性が減少。健康証明を掲示しない店が増えた。
「2022年にウォーキングストリートはレッドストリートに名前が変わりましたが、街外れにあった2つの小規模ゴーゴー密集エリアはコロナ期に完全に消え、残ったのは1カ所だけ。全盛期には数多あったゴーゴーも、今は30軒前後です。たまに夜遊び系YouTuberが来ますが、昔のような迫力はありませんね」(前出・地元住民)
1990年代の復活、2010年代の黄金期、コロナ後の急速な縮小という流れの中で、アンヘレスはかつての輝きを静かに失いつつある。
(カワノアユミ)

