楽園が地獄に変わる「終末期」へ
社会が形成されてしばらくした後、楽園ではマウスの増加スピードが目に見えて遅くなっていました。
620匹になるまでには総数が倍増するのに約55日しかかかっていませんでしたが、その後は総数が倍増するまでに145日もかかるようになっていたのです。
原因はカースト制度で生じた「格差」にありました。
旦那が勝ち組のメスは広々としたスペースで、安全に余裕を持って子供を出産し育てることができています。
そのため、新たに生まれた子の死亡率も約50%と比較的低い状態を保てていました。
ところが旦那が負け組のメスでは、居住スペースに他のマウスがごった返しており、争いも頻繁に発生するので、安心して子育てをすることができません。
また旦那が喧嘩に弱かったり、家族の利益を守ろうとしないので、メス自らが闘うようになり、次第に凶暴化していったのです。
すると奇妙なことに、そのメスたちのイライラの矛先はわが子にまで向けられるようになりました。
その結果、団地住まいのカーストでは新生児の死亡率が90%以上と、ほとんどが死んでいたのです。
加えて、子供たちが団地住まいで生き残ったとしても母親に虐待を受けるので、若いうちから家出し、不安定な状態で生きていかなければなりませんでした。
最終的に子供たちがたどり着くのは、最下位ランクの引きこもりマウスだったのです。

そしてついにXデーはやってきます。
実験開始から560日が経過し、マウスの総数が2200匹に達した頃、マウスの数がまったく増えなくなってしまったのです。
カルフーンは子供の死亡率が急上昇し、繁殖が止まったこの期間を「フェーズ3:停滞期」と呼んでいます。
その後、楽園はどこもかしこも不穏な空気に支配され、勝ち組マウスたちもその影響を被り、ついに楽園全体で子供の死亡率が100%に達しました。
ここには、マウスたちの社会全体の混乱とストレスが関係していると考えられます。社会全体での協力関係が失われたことで、勝ち組マウスも子育ての成功率が急激に低下していったのです。
さらに妊娠するマウスすら居なくなってしまいます。
実験開始から1330日が経過する頃には、楽園マウスの平均年齢は人間でいうところの77歳と、超高齢社会になっていたのです。
新たな生命の循環がなくなってしまった楽園はもはや地獄そのものでした。
マウスは日に日に弱っていき、個体数も激減して、1400日を過ぎた頃にはオスメス合わせて100匹ちょっとしかいない状況に陥っています。
また興味深いことに、この時点で生き残っていたマウスはAランクやBランクの勝ち組マウスではなく、最下位Eランクの引きこもりマウスばかりでした。
このような結果になった原因は、引きこもりマウスが他の個体との争いを避けて孤立した生活を送っていたことで、ストレスや競争の影響を最小限に抑えられたためと考えられます。
この実験場では、マウスたちは食べ物の心配はする必要がなかったため、社会的な接触を極力避けたマウスがこの社会的に混乱した状況の中で生存率を高めたのです。
実験開始から1800日が近づいてきたある日、楽園にいた最後のオスが死亡。
これで楽園マウスの絶滅は決定的となったため、カルフーンはユニバース25を終了して、生き残ったメスを救出しました。
こうしたマウスの激減と絶滅までの期間を「フェーズ4:終末期」と呼んでいます。
つまり、飢えも病気も天敵もいない楽園的な世界を作ったとしても、生活に利用できる空間が限定的だと最終的に生物は絶滅の道を辿ってしまうのです。

ちなみにカルフーンはそれ以前の27年間に同様の実験を24回実施しており、今回は25回目でした(これが「ユニバース25」という名称の由来)。
そしていずれの実験でもマウスたちは最後に絶滅に至っていました。
このようなマウスたちの運命の流れを見ていると、私たち人類が辿っている道筋にとても似ていることに気づかないでしょうか?
楽園に放たれたマウスはホモ・サピエンスが世界に広がり始めた原始時代。
マウスの増加と社会の形成は人類の都市化。マウスのランク付けも、人間社会におけるカースト制度と瓜二つ。
強いアルファオスにくっつくメスは先にも言ったように、高収入の旦那を持つ奥様にそっくりですし、自分の住環境にイライラして子供に手を上げるメスマウスも、実際に人間社会で子供を虐待する親たちを想起させます。
また家に居場所がなく、同じ境遇の仲間たちと身を寄せ合って路上でたむろする若者たちも、現に世界中にたくさん存在しています。
これらを踏まえると、人類は今「楽園実験」でいうところの第何フェーズにいるのでしょうか?
おそらく「フェーズ2:社会形成期」はとうに過ぎて、「フェーズ3:停滞期」に入ろうとしているところかと思われます。
世界全体の人口は未だ増加中ですが、日本などでは子供が増えずに高齢者がどんどん増えていっている状況で、明らかに停滞期に差し掛かっています。
広い地球でも人間にとって暮らしやすい場所は限定的です。今後、繁栄し過ぎた人類に待っているのはマウスと同じ「フェーズ4:終末期」の未来なのかもしれません。
参考文献
The ‘mad egghead’ who built a mouse utopia
https://www.theguardian.com/science/2024/nov/21/the-mad-egghead-who-built-a-mouse-utopia-john-b-calhoun
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部

