そもそもスピードツーリングとは?
タイトルにもなっているスピードツーリングとは、具体的にどういうものなのだろう? 2024年11月にNHK北海道で放送された「山稜の彼方へ 十勝連峰~大雪山スピードツーリング」のような体力的、精神的、かつ地理的に極限を目指すものなのだろうか?
「あの番組のスタイルが自分のチャレンジングな部分です。でも、僕の中でスピードツーリングって、もうちょっとユルい感じではあります。
一般的なツーリングにちょっと『軽さ』と『スピード』の要素を求めて、取り入れたもの。日本で広まっている『滑り重視』のバックカントリースキーツアーではなくて、どちらかというと『移動重視』のヨーロッパスタイルのスキーツアーです。
僕の中では、後者が理想のスキースタイルなんです」

山岳アスリート藤川健を語るうえで、SKIMO(山岳スキー競技)国内7連覇の記録は外せない実績だ。SKIMOは、藤川にとってどのようなポジションなのだろう?
「SKIMOは、一番上にあるスピードツーリングのトレーニングですね。日常のジョギングみたいなもの」
日常のトレーニングで7連覇とは、あっぱれだ。SKIMOは、あくまでも主催者が雪山を整えてくれた記録会。厳しくも美しい手付かずのウィルダネス=雪山こそ、藤川が身を置くべきフィールドなのだ。
「僕としては、いろんな人にSKIMOをもっと広く、浅くやってほしいと思っています。
冷やかしがてら、ちょっと大会あるから出てみようか、でもいい。勝ちを目指すわけじゃなくてもいい。もっと言えば、大会にでなくても、今日は山が調子悪いから、SKIMOスタイルでゲレンデでも登って滑ろうか、くらいのジョギングみたいなエクササイズとして日本で広がればいいなと。
これは僕がSKIMOに取り組むようになって、ずっと思っていたことです」
SKIMO発祥のヨーロッパでは、誰もが楽しめる身近な遊びであり、トレーニングのひとつ。
そもそも、日本のスキー場はゲレンデを登ることを原則禁止しているが、ヨーロッパではOKなのだろうか?
「基本的にヨーロッパは、自己責任を重んじる自由なところです。ツエルマットとかリゾートでもゲレンデを登って、滑る人は大勢います。
リフトは動いているし、リフト券も持っているんだけど、エクササイズで登ってみようって、そんな感じ」
稼働しているリフトの横を登るなんて、日本じゃ考えられない光景だ。
たとえ、その光景に出くわしたとしてもストイックなトップアスリートのなせる技と呆れられるだろう。
「日本のSKIMOは、トップの部分だけをフォーカスしすぎています。ヨーロッパは全然そんなことなくて、真剣にやっている人はもちろん高いレベルでやっているけど、その下のボトムが厚い。
ヨーロッパの小さいスキー場へ行くと、赤ちゃんを背負ったお母さんがSKIMOでゲレンデを登っています。『赤ちゃん背負って大変だね』って話しかけると『いいえ、これがリフレッシュできて気持ちがいいのよ』って。
滑るだけでなくて登ることでメンタルを整えている。赤ちゃんを背負っているから山はさすがにまずいわけです。でもゲレンデの脇だったらちょっと登って滑れる。誰でもできるSKIMOやツーリングの上手い関わり方ですよね。
本来これこそが、SKIMOのあるべきカタチなんじゃないかと思います」
たしかにSKIMOと聞くと、ピチピチのワンピースとヘルメットを身につけた選手がゼーハーゼーハー肩を揺らし、ちょっと近づき難いイメージがある。
「競技、オリンピックってSKIMOの一番上は盛り上がっているかもしれないけど、そこは核になる部分ではないと感じています。日本はその大事なところを履き違えているから、広まらないんです」
登って滑れるスキー場の誕生
そこで、藤川はひとりでアクションを起こしはじめた。インストラクターとして勤務するスキー場のゲレンデをスキーで登れるようにしたのだ。
「ゲレンデを登ってはいけないという常識を変えたかったので、僕のホームゲレンデであるさっぽろばんけいスキー場をハイクアップできるようにしました。
まず、所属しているスキー学校の校長に話をして、理解をもらいました。その校長がスキー場との橋渡しをしてくれて、いろんなことを試みています。
ゲレンデでSKIMO大会をシリーズ戦でやったり。スキー場の予算で、板とブーツのレンタルを20セットくらい用意してもらったり」

さっぽろばんけいスキー場の迂回路をシールウォーキング。スキーを履いてバランスをとって歩くことは、スキーの上達にも繋がる
ゲレンデを登ることを了承したうえに、SKIMOの道具までレンタルできるとは、なんて画期的な試みだろう。
「とにかくバックカントリーではなく、シールでゲレンデを登って、滑る。
バックカントリーをはじめるにしても、まずゲレンデを登って滑ることが一番最初にやるべきことだと思っています。
それをスキー場と一緒にコースを作って、案内のリーフレットを印刷して、ここは登っていいコースですよと解放する。小さいスキー場なので、大きいムーブメントにはなっていないけど、定着して10年以上うまく続けています」
そもそもゲレンデを登ることになぜスキー場は反対するのだろう? やはり危険だからだろうか。それとも、リフト券の売り上げにつながらない行為だからだろうか。
「単純にみんな考えるのは、滑走者と登攀者が接触する危険性があること。
でもそれは思い込みで、これまで事故はゼロです。お金に関しては、リフト券、リフト券って言ったらきりがないですよね。一般の人がスキー場に来て、スキーを楽しむ。その場を提供するのがスキー場です。
リフト券購入以外のビジネスモデルを展開するいいきっかけや、滑る人以外がスキー場に目を向ける機会にもなっていると思います」

朝一、綺麗に整えられたピステンをリズミカルに走るように登る。悪天候でもスキー場が営業している限り、日常のエクササイズとして楽しめる。バックカントリーとはちょっと異なる達成感と爽快感を得られる
