
アメリカのウィリアム・アンド・メアリー大学(W&M)で行われた研究によって、大学の水槽で少なくとも26年間も生き続けているヒモムシが飼育されていた個体として確認され、そのDNA(遺伝情報)分析によりベーセオディスクス・プンネッティ(Baseodiscus punnetti)という種に属することが確認されました。
ヒモムシ(ネメルテア類)の寿命は、年齢が分かる形で報告されたものでは3年程度までしか見当たらなかったため、この個体は従来記録の約9倍という驚異的な長寿です。
研究内容の詳細は2025年12月2日に『Journal of Experimental Zoology Part A: Ecological and Integrative Physiology』にて発表されました。
目次
- 長生きしすぎる「教室のペット」の謎
- 古い記録を掘り起こしDNAも分析
長生きしすぎる「教室のペット」の謎

ヒモムシとは、ひも状に細長い海の無脊椎動物です。
くねくねと柔らかい体にはミミズやゴカイのような節(体の区切り)がなく、小さな甲殻類やゴカイなどを捕まえて食べる肉食性の捕食者として海底で暮らしています。
世界中の海に広く分布し、種類によっては淡水や陸上に進出するものもいます。
中には1864年にスコットランドで記録されたとされる全長55メートルという途方もなく長い個体もおり、現生生物では世界最長級の長さです。
ヒモムシは形こそミミズなどの環形動物に似ていますが別の門に属する生物で、種類によっては口とは別の出口から「吻(ふん)」と呼ばれる管状の器官(獲物を捕らえる長い管)を飛び出させるというユニークな捕食方法を持つなど、非常に風変わりな生命グループです。
また体内に骨や貝殻のような硬い組織がなく、魚のウロコや木の年輪のように年齢を推定できる手がかりが残らないため、生まれてから何年生きているのかを知るのは極めて難しい生物でした。
そのため、ヒモムシ類の寿命については長らく謎に包まれてきました。
生物学者たちは「ヒモムシは案外長生きかもしれない」と昔から考えてはいたものの(例えば米国の動物学者W.R.コーは1905年にその可能性に触れています)、実際に年齢が分かる形で報告された最長寿命はせいぜい3年程度にすぎませんでした。
要するに、「ヒモムシは数十年も生きられるのではないか?」という仮説はあっても、それを裏付ける証拠はこれまで一つも見つかっていなかったのです。
そんな中で、アメリカの大学の海洋水槽に一匹だけ、やけに長く居座り続けているヒモムシがいました。
1990年代後半にワシントン大学の施設周辺で採集され、1998年までにはノースカロライナ大学の海水水槽に入り、その後は水槽ごとメイン州、さらにバージニア州へと引っ越していきました。
この個体は特別な実験に使われていたわけではなく、主に授業のデモンストレーションで学生に見せる「クラスのペット)」として毎年水槽から出されていたといいます。
小学校のクラス内でメダカなどを飼っていたのと近い感覚と言えるでしょう。
実際、研究者たちはこの虫に「B」という愛称までつけてかわいがっていました。
しかし、長年つきあっていると、だんだん違和感も見えてきます。
「そういえば、この子はもう20年以上いる気がする」「そろそろ年齢をちゃんと数えたほうがよいのではないか」――そんな問いかけを、元学生にされたのがきっかけでした。
そこで今回研究者たちは、このヒモムシがいったいどの種で、いつごろから水槽暮らしをしてきたのかを、記録とDNAの両方から正式に調べることにしました。
古い記録を掘り起こしDNAも分析

まず研究者たちは、2024年5月16日にBを水槽から取り出し、生きたまま長さを測り、写真を撮りました。
体をめいっぱい伸ばすと、およそ1メートルほどの長さがあり、机の上でメジャーと並べた写真が論文の図として掲載されています。写真は2025年2月に撮影されたものです。
そのあと、体のいちばん後ろ側からごく一部だけ組織を切り取り、エタノールに保存して研究所に送り、DNAを取り出し分析を行いました。
その結果、この個体は、Baseodiscus punnetti という種として以前報告されていた個体と、COI(DNA識別用バーコード)配列が99パーセント以上一致していることがわかりました。
もともと丸い頭部の形や目の並びなどの特徴も「Baseodiscusの仲間だろう」と考えられていましたが、遺伝子レベルでも明らかになったのです。
では、肝心の「年齢」はどう数えたのでしょうか。
ここで登場するのが、人間側の記録です。
論文によると、このヒモムシは1996年から1998年のあいだにワシントン大学のフライデーハーバー研究所の近くで採集され、1998年までにはノースカロライナ大学チャペルヒル校の海水水槽に移されていました。
その水槽が2005年に撤去されるとき、研究者の一人が砂の中からヒモムシとその餌になりそうな他の無脊椎動物を掘り出し、メイン州の新しい水槽にまとめて移しました。
その後、水槽ごとバージニア州の研究室へ再び引っ越しし、Bは授業で毎年取り出されては学生に見せられる生活を続けてきました。
2025年2月の時点でも生存が確認されていたため、「少なくとも26年」という既知の年齢が確定した、というわけです。
この1匹の記録は、ヒモムシ全体の中でどれくらい特別なのでしょうか。
研究チームは、過去の報告をあらためて調べ、確実に年齢が分かっている個体の中で一番長いものでも「3年を超える例は見つからなかった」と書いています。
ですから、Bの「26年以上」という数字は、単純に比べておよそ9倍で、論文では「この門の既知の最大寿命を桁違いに伸ばした」と表現しています。
しかもこの値は、採集された時点ですでに成体だった可能性を考えると、「本当はもっと高いかもしれないが、あえて控えめに見積もったもの」だと説明されています。
たとえるなら、「海の底で地味に暮らしていると思われていた生き物が、実は何十年も同じ場所で“食べ続ける存在”かもしれない」というのは大きな驚きです。
海の無脊椎動物にはもともと300年以上生きると推定されるチューブワームや500年以上生きる二枚貝が知られており、ヒモムシもその“長寿クラブ”側に近いと分かれば、長寿の仕組みを探る上での比較材料が一つ増えることになります。
研究者の一人であるクロエ・グッドセル氏は、こうした長寿動物の研究が、将来、人間を含む動物の老化の理解につながるかもしれないと期待を述べています。
元論文
Baseodiscus the Eldest: First Report of a Decades-Long Lifespan in a Nemertean Species
https://doi.org/10.1002/jez.70052
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

