若者の忘年会離れも囁かれる今日この頃。酒がそこまで好きではない私(中澤)も忘年会は付き合いの色が強い。酒を飲まない忘年会ってないのかな?
そこで忘年会について調べてみたところ、日本最古の忘年会の記録は酒を飲む会ではなかった。歴史上初めて年忘れに関する記述が登場するのは室町時代に書かれた『看聞日記』とされている。後花園天皇の父・伏見宮貞成親王の手記だ。
・「年忘れ」の記載箇所
1416年から1448年まで伏見宮貞成親王が身の回りの出来事を書き留めたこの日記。重要な歴史資料であり、原本は宮内庁書陵部に所蔵されているんだけど、国会図書館デジタルコレクションで内容を確認することができる。そこでとりあえず、問題の箇所と思われる部分を見てみたところ……
当たり前だがバチバチの古文である。単語で検索をかけたりできない上に、全部漢字だからマジでどこに書かれているか全く分からない。さらに、分からないなりに読んでみても、GoogleのAIがここに記載ありますと言うページには「歳忘」の文字自体がないように見受けられる。嘘やろ?
パートの間違いならまだ良いが、『看聞日記』に記述が存在するという情報自体がそもそもデマだったらどうしよう。不安になりながらも一文字一文字眺めていったところ……
あった……! 奇跡的に発見できたァァァアアア!! それは56冊目の74ページ。永享2年12月26日の文末に「歳忘也」と記載されていたのである。国会図書館デジタルコレクションの表記で言うと「看聞御記:乾坤」の[56]の0040.jp2だ。
・スマホアプリで現代語訳してみた
そこでスマホアプリの古文・漢文翻訳カメラアプリで部分的に現代語訳してみたところ、「歳忘也」の箇所の現代語訳は以下である模様。
「一献が終わると、隆富朝臣と知俊朝臣が参り、月火の連歌を行うことを申し出た。知俊朝臣は今夜の連歌を待つようにとの指示を受けた。
夜が更けると、連歌が初めて行われ、知俊が筆を執り、一献を例に従って献上した。明け方には百韻の詩が詠まれ、月次の会は無事に結願し、歳を忘れることができた」
──要するに、連歌で百首を詠む会をして歳を忘れたと書かれているわけだ。じゃあ、連歌って何かと言うと、短歌(5・7・5・7・7)の上の句(5・7・5)と下の句(7・7)を2人で手分けして作る手法。1人が上の句を詠んだら次の人が下の句を詠んで1首とするんだそうな。
