2025年もまもなく終わりを迎える。年を越す前に、今年のモータースポーツ界で気になったこと、印象深かったことをいくつか書き記していきたいと思う。
2025年のF1は、最後の最後までもつれたドライバーズタイトル争いに、大いに注目が集まった。マクラーレンのランド・ノリスが初のチャンピオンを獲得したが、一時は大きく後れをとっていたレッドブルのマックス・フェルスタッペンが最後2ポイント差まで詰め寄ったのも驚かされた。
そのフェルスタッペンのチームメイトを務めたのが、角田裕毅だった。角田は開幕時はレーシングブルズのドライバーを務めていたが、当初レッドブルのシートを射止めたリアム・ローソンが不振続きだったことで、第3戦日本GPからレッドブルのマシンに乗ることになった。日本人としては初めてのトップチーム入りである。
日本GP直前に行なわれたこの発表。しかも開催前には東京都内でデモランも行なわれ、レッドブルはホンダとのコラボレーション最終年を記念した日の丸カラーをマシンに施すなど、盛り上がる要素が多々あった。それもあり、日本GPの観戦チケットは開催直前に急速に売れ行きが増し、開催週末には多数のお客様が集まった。
ローソンの開幕2戦での最高順位は、オーストラリアGPのFP1での16番手。予選(スプリント予選含む)では18番手、20番手、20番手と下位から抜け出せなかった。トップチームであるとはいえ、ローソンがそれだけ苦戦しているマシンにポンと乗って角田は大丈夫なのか……そんな不安があったのも事実だ。
しかし心配しているのはファンや我々メディアだけで、角田本人はあっけらかんとこう言い放った。
「嬉しいって気持ちはありますけどチームが変わるんだなというくらいです」
「期待してください。期待して、いっぱいプレッシャーかけてください!」
■順風満帆に見えた、レッドブル移籍直後
レッドブルのマシンで走り出した角田は、まずまずの速さを見せた。日本GPのFP1では6番手。フリー走行とはいえ、このままいけば本当に大丈夫そうだ……多くの方がそう思ったに違いない。
実際、角田は尻上がりに調子を上げていった。日本GPでは入賞できなかったものの、続くバーレーンGPでは9位入賞。マイアミ、エミリア・ロマーニャGPでも入賞を果たした。傍目から見れば、この頃は戦略の面でも優れていた。予選が低迷しても、戦略で引き上げてもらえる……レッドブルならではの安心感のようなものも感じられた。
ただエミリア・ロマーニャGP以降は、7戦連続で入賞を逃すこととなってしまう。確かに同GPの予選で最新型のフロアを壊してしまったことで一歩後退したという状況もあった。夏休み明けは徐々に速さを取り戻し、上位に匹敵する速さを見せるグランプリもあったが、そういう時に限って戦略やコミュニケーション、さらにはピットストップなど様々な面でミスが出てしまい、結果に繋がらない。
また、劣勢だったフェルスタッペンの勢いを取り戻すため、そして調子が上がった後には逆転でのチャンピオンを手にするために、チームはその全精力をフェルスタッペン車に集中させた感もある。これは角田にとっては逆風となった。
シーズンが終わってみれば、フェルスタッペンが421ポイント獲得したのに対し、角田は33ポイントの獲得で終了。レーシングブルズでの2戦も含め、チームのミスで撮り逃したポイントをしっかり獲れていれば獲得ポイントは確実に50を超えていたはずであり、ランキング10位以内は確実だったはずだ。
ただ今さらそういうことを言っても仕方がない。大事なのは、角田が今季戦ったことにより、何を得たかということであろう。
角田はシーズン終了後に、こんなことを語っている。
「人としても、もちろんドライバーとしても1番成長できた……特に精神面で成長できた1年だったと思うので、すごく濃い1年だったと思います」
各方面で言われている通り、開幕当初のまま、レーシングブルズのドライバーとして1年を通じて走っていれば、もっと安定した成績を残すことができていたかもしれない。しかし角田が言う”成長”は遂げられなかっただろう。そういう意味では、角田がレッドブルで戦った22戦は、非常に重要な22戦だったはずだ。
■「これから」が重要
現時点で角田は、来季はレギュラーシートを失い、レッドブルのリザーブドライバーを務めることになっている。しかしその事を語る角田に、悲壮感は全く感じられない。
「来年、シミュレータドライバーとかリザーブドライバーだけで終わらないかもしれません。色々なシチュエーションは聞いているんで、とりあえず今は休んで、来年に向けてトレーニングしていくつもりです」
「モチベーションは、来年に向けてめちゃくちゃ高いですよ」
しかしファンにとっても、そして我々メディアにとっても、今シーズンは実に貴重なモノだった。冒頭でも記したように、日本人ドライバーが紛れもないトップチームの一員としてF1を走るのは、初めてだったからだ。
結果がなかなか伴わないことには、ヤキモキさせられたことも事実だ。しかしこういう気持ちを味わえたというのも、角田がレッドブルのドライバーになったからである。きっと忘れられない1年になるはずだ。
この1年が、この先どんな将来に続いていくのか分からない。しかし角田本人にとっても、我々観る側にとっても重要なシーズンであったのは間違いない。そして前を向く角田に、次のチャンスが訪れることを願わずにはいられない。いや、チャンスが訪れるのを待つという受け身ではなく、角田自身が素晴らしいチャンスを自ら掴み取っていってほしい。

