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「5人目のキッカーは彼しか考えられなかった」“伝説の当事者”ラファエル・ベニテスが振り返る「イスタンブールの奇跡」の舞台裏【現地発】

「5人目のキッカーは彼しか考えられなかった」“伝説の当事者”ラファエル・ベニテスが振り返る「イスタンブールの奇跡」の舞台裏【現地発】


 20年が経ったいまでも、あの夜、起こったことはすべて鮮明に記憶している。とくに忘れられないのが、3点ビハインドのハーフタイムに、サポーターが「You'll Never Walk Alone」を熱唱していたことだ。ロッカールームまでは歌声は届かなかったが、地鳴りのようにスタジアム全体が揺れているのはわかった。あの声援に、我々がどれほど勇気づけられたことか。

 当時のミランは欧州でも最強のチームのひとつで、一方のリバプールは、CLのタイトルからしばらく遠ざかっていた。まさに相手が格上だったが、怖れはなかった。勝利の確率は五分五分だと見積もっていたよ。ユベントスにチェルシーという強敵を破って決勝に進出したことで、チームはポジティブな空気に包まれていたからね。

 もちろん、大一番に臨むうえでの難しさはあった。スティーブン・ジェラードが試合の3~4日前から興奮してよく眠れなかったと振り返っているが、私も現地入りして試合が近づくにつれ、徐々に気持ちが昂っていった。ただ、冷静でもあった。できる限りの準備をしてきたから、きっとうまくいくと信じていた。
 
 開始1分にFKから失点したのは誤算だった。もちろんセットプレーは十分に警戒はしていたが、ミランが我々の対策の上をいったのだ。デザインされたその動きに対応できず、アンドレア・ピルロの蹴ったボールにパオロ・マルディーニが合わせ、フリーでシュートを打たせてしまった。

 とはいえ、まだまだ時間が残っていたので、慌てることはなかった。それでも、23分に想定外の事態が起きる。2トップの一角で先発起用したハリー・キューウェルが負傷したのだ。プラン変更を余儀なくされた私は、ストライカーのジブリル・シセではなく、MFのウラジミール・シュミツェルを投入した。中盤を強化したいという狙いもあったからだ。

 さらに前線の構成を2トップから1トップ+2トップ下に変え、そのトップ下にシュミツェルとルイス・ガルシアを置いた。これはピルロ対策でもあった。実際、守備力に秀でたL・ガルシアにピルロのプレーを制限させることで、ミランの支配力を弱めることができ、それが後半の反撃に繋がったと感じている。

 ただ前半は、その後も苦しい展開が続いた。とくにラスト10分間は試合をコントロールできなくなり、立て続けに2失点。エルナン・クレスポに3点目を決められたとき、私はメモをまとめた。ハーフタイムに選手たちに伝える言葉を書き出したのだ。状況を立て直すため、ハーフタイムに入る前にアシスタントコーチのパコ・アジェスタランを呼び、ディディ(ディートマー・ハマン)のアップを急がせるように指示をした。
 
 0-3で前半終了の笛が鳴ったとき、誰もがミランの勝利を確信していたはずだ。ロッカールームに戻り、私は選手たちにメモの言葉を一言一句漏らさず伝えた。そして流れを変えるためには、後半の早い時間帯に1点を返すことが必要だと言い渡した。窮地に立たされていたが、彼らにまだ逆転は可能だという意識を植えつけ、自信を取り戻させることが重要だった。

 実際に逆転できたのは、選手たちがあきらめず、チームのために戦い抜いたからだ。その象徴が、二度も脚を痙攣させながら、最後までプレーを続けたジェイミー・キャラガーだ。キャラはそれこそ闘争心の塊で、リバプール愛が誰よりも強い。ピッチにいるだけでチームに活力をもたらすことができる男だ。自ら交代を要求しない限り、私は彼を下げるつもりはなかった。

 後半開始から、最終ラインを4バックから3バックに変更した。ミランを混乱させるために下した決断だ。準々決勝のユベントス戦や、プレミアリーグとFAカップでも何度かやっていて、2トップの相手には有効なオプションになると手応えを掴んでいた。はたして、3バックが功を奏した。守備が安定したことで選手たちは本来のパフォーマンスを取り戻し、後半に3ゴールを奪って同点に追いつくことができたんだ。
 
 その後は延長に入っても決着がつかず、PK戦にもつれ込んだ。PKキッカーの順番は、いまでも覚えている。キッカーは念入りに考えたよ。ハマンとシセはPKが得意だったし、シュミツェルは高精度のキックとハートの強さを併せ持っていた。ヨン・アルネ・リーセの弾丸シュートは、説明するまでもないだろう。5人目に選んでいたのはジェラードだ。順番は回ってこなかったが、シーズン中も重要なPKを任せていたし、彼以外には考えられなかった。

 選ぶべきか悩んだのは、シャビ・アロンソとL・ガルシアだ。ただシャビは試合中に1本PKを蹴っていて(止められたが、リバウンドを自ら押し込んだ)、それがマイナスに作用する可能性を考えて外し、L・ガルシアは5人に比べると安定感に欠けると判断した。ただ、いまこうして私の選択が正しかったと言えるのは、ひとえに選手たちが結果を出してくれたからだ。夢を見せてくれた彼らに感謝しているよ。

文●ラファエル・ベニテス
協力●ファン・ヒメネス(『AS』紙)
翻訳●下村正幸

【著者プロフィール】
ラファエル・ベニテス/1960年4月16日生まれ。現役時代は無名だったが、指導者として母国スペインの中小クラブで経験を積むと、01-02シーズンに就任したバレンシアを1年目でラ・リーガ制覇に導く。03-04シーズンにはラ・リーガとUEFAカップの2冠を達成し、翌04-05シーズンからはリバプールの監督に就任。プレミアリーグ史上初のスペイン人指揮官になるとともに、ここでも1年目からCL制覇を果たすなど、輝かしい実績を残した。その後はインテル、チェルシー、ナポリ、レアル・マドリー、ニューカッスル、エバートン、セルタなどの監督を歴任。25年10月からパナシナイコスの監督を務める。

※ワールドサッカーダイジェスト8月7日号の記事を加筆・修正

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配信元: SOCCER DIGEST Web

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