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『みいちゃんと山田さん』から何を学ぶべきなのか 障害と環境、そして“身近な人”の話

『みいちゃんと山田さん』から何を学ぶべきなのか 障害と環境、そして“身近な人”の話

「障害」と「環境」の両方の問題

 準主人公である「みいちゃん」は、単行本1巻の紹介文では「何をやっても”ちょっと足りない“新人(のキャバクラ嬢)」「ヤル気と元気はあるものの、漢字も空気も読めないみいちゃんは、周りから馬鹿にされ『可哀想』のレッテルを貼られてしまう」と書かれている。

 作者の亜月は、「日刊SPA!」のインタビューで「障害者福祉に興味を持つ層に向けて描いたのか?」と問われ、「みいちゃんがどんな子なのかは、読者の判断に委ねています。色々な感想を持つ方がいると思いますが、特に障害福祉を描く目的の作品ではありません」と明言している。

 病気や障害を「ラベリング」することの問題は、(後述するように)劇中で描かれており、差別の扇動につながる危険性もあるため、本来は素人の第三者が診断名をつけるべきではない。

 その上で、後述する「診断の意義」を考えるための補助線として見るなら、みいちゃんには境界知能、あるいは軽〜中度の知的障害、さらにASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)の代表的な特性が重なっているようにも読み取れる。

 また、2巻ではみいちゃんは「近親相姦で生まれたため、幼い頃から地域で疎外されていたこと」「祖母や母の見栄から特別支援学級での療育を受けず、普通学級に通い続けようとしたが不登校になったこと」「中学生の頃に性的暴行を受けたことで、他者とのつながりを求めて性行為に依存するようになったこと」も描かれている。

 さらに、みいちゃんは恒常的に暴力を振るうDV彼氏の「マオくん」と共依存関係にあり、4巻では彼に金を貢ぐため、性風俗で過激なプレイに応じ続けてボロボロになってしまう上、店長に給料をごまかされるといった搾取まで受けていた。

 つまり、みいちゃんの人生、というより生き方は、「障害」という先天的な問題に加えて、「環境」により形成されたと言えるだろう。

 また本作は、冒頭で「みいちゃんが殺されるまでの12ヶ月のお話」と明かされる、フラッシュフォワードの構成(先に結末を明かしてカウントダウン形式で物語を進める物語技法)にもなっている。結末を迎えるころには違った感情も生まれるかもしれないが、その犯人や経緯がわからない現時点では、表面的には「バッドエンドが確定している」物語だ。

 主人公であり、物語の狂言回しでもある「山田さん」は、第1巻で「こういう人(みいちゃん)にどうすれば社会常識や善悪を伝えられるんだろう。どこかにちゃんと叱ってくれる人がいるのかな」と思っている。

 みいちゃんが無惨に殺されることがわかっている読者であれば、山田さんよりもさらに「どうすれば良かったんだろう」と考えながら、物語を追うことになる。その「考える」ことこそが、劇中または現実にある、障害、環境、搾取への問題に向き合う「第一歩」ではないだろうか。

「特性を語る言葉が世間に広まるのはまだ少し先」

 劇中には「マジで自分かと思った」「1番共感できたし1番自分に刺さってしんどい」と語られるキャラクターもいる。それがキャバクラ嬢の同僚の「ニナちゃん」だ。山田さんは彼女の名刺忘れや遅刻を「確かに最近ミス多いけど…これくらいは常人の許容範囲内でしょう」と思っていたりする。

 そうした中、ニナちゃんはお客のセンシティブな事情を悪気なく嬉々として聞こうとしてしまったり、体のあちこちをぶつけてケガをしていたりと、次々と軽微な問題を積み重ねていく。また、以前には昼の仕事になじめず、無断欠勤の上に退職していた過去も明らかとなる。

 そして、「(みいちゃんと山田さんがいる)あの店は怒られることが多くなってきたから飛ぼう(仕事を無断で辞めよう)」「みいちゃんほどバカじゃないけど平均よりは劣ってる。それを自覚できる程度の頭は持ってる…それって一番キツくない? 頑張って頑張って頑張って頑張ってやっと人並み。ギリギリ病名はもらえない。私は人間関係リセット症候群」と、どこか達観した態度で物語から退場していく。

 その際、作中では、「時は2012年。ニナちゃんの特性を語る言葉が世間に広まるのはまだ少し先である」という一文が重なる。本作の舞台は10年以上前であり、発達障害に関する言葉や理解は、現在ほど社会に広まってはいなかった。

 そんなニナちゃんだが、第2巻の描き下ろしでは、36歳で正社員として働く「未来の姿」が描かれる。彼女はズレた返答や仕事上のミスをしつつも、「どの職場でも私に期待してくれる人って必ずいる。なんで今まで気づかなかったんだろう」と思う場面がある。

 劇中でサディスティックな言動をするキャバクラ嬢の同僚・モモさんは、飛んだニナちゃんを「あと10年くらいで脳みそと実年齢が釣り合ってくるんじゃない? 本人の努力次第だけど」というひどい言い方をしていた。

 言葉のチョイスは大問題であるが、本質的には的を射ている側面もある。ニナちゃんのように不器用で、他の人より時間がかかっても、気づきを経て成長し、努力を重ねながら社会生活を送れている人は、現実にもいるはずだ。

 彼女は障害があっても、時間を経て環境に恵まれたといえるだろう。実際、現代では社会的な理解が進んだことで、(もちろん、十分とは言えないだろうが)障害者雇用に取り組む企業事例も珍しくなくなってきた。

配信元: ねとらぼ

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