診断されたことで福祉とつながれた
みいちゃんにも、そうした恵まれた環境に手を伸ばせたかもしれない瞬間があったことが描かれている。
小学生3年生のころ、みいちゃんを気に掛ける担任の須崎先生が、「同年代の子に比べると認知や言語の遅れが見受けられ、特別の配慮や支援が必要かと思います」と、特殊学級(現在の特別支援学級)への編入を勧めてくれたのだ。ところが、こうした助言を、みいちゃんの母親は「他人(ひと)様の子供を障害者扱いかよ!」と突っぱねてしまっていた。
その結果として、みいちゃんは診断名がないまま、しかも母親の言葉通りに「須崎先生にもバカにされている」と思い込み、その後、3年間にわたって小学校に通わなくなった。
そんなみいちゃんとは対照的に、はっきりと診断を受けているのが、みいちゃんの幼馴染である「ムウちゃん」だ。
ムウちゃんの母は娘の特性を理解しており、悩んだ末に普通学級の中学校に進学をさせていた。その後ムウちゃんは万引きを繰り返して刑務所に入る経験もするのだが、出所後に福祉事務所を紹介され、ホチキスの針を作る仕事に就く。
彼女は一度は道を踏み外してしまったが、福祉の支援を受けることで立ち直る。これは「診断」を契機としたポジティブなサイクルといえる。
そして、ムウちゃんは久しぶりに再会したみいちゃんに療育手帳を見せながら「(みいちゃんも)なんか障害ありそう。一緒に福祉センターに行こーよ!」と手を差し伸べる。ところがみいちゃんは「障害ではないから! 個性的っていうの!」と、やはり突っぱねてしまうのだ。
この2人の診断名をめぐる対照的な反応について、3巻に収録されている、『ケーキの切れない非行少年たち』著者・宮口幸治との対談記事で、亜月は実際に「ムウちゃんのように、診断名がつくことで、福祉支援とつながり、生きていく上で必要な知識を得ることができる子たちもいれば、みいちゃんのように『障害』という言葉にネガティブなイメージを抱いている子もいます」と問いかけている。
このことに対して、児童精神科医でもある宮口は「……診断ってね、絶対的なものではありません」「社会で生きにくい問題があって、初めて障害という診断がつくんです」「本来は問題なく働けるようになったら、診断名って消えるべきものだと思います」などと答え、亜月も「たしかに、診断名よりも、社会生活を自分なりに送れるようになることが、一番大事ですよね」と返している。なるほど、それは障害のラベリングという問題に対する、ひとつの回答ともいえるだろう。
他にも宮口は、一見真っ当な説明をしているように思える劇中の須崎先生についても、「彼女は、保護者への説明にもっと時間をかけなきゃいけなかったですね」などとも分析している。同対談では他にも、劇中の「どうすれば良かったのだろう」と感じさせる事例の解像度をさらに高めてくれるので、単行本を手に取った際には、ぜひ目を通してみてほしい。
みいちゃんと山田さんに似た人は、誰の周りにもいる
一方で、先天的な障害があるとは示されていない主人公の山田さんも、「環境」に起因する問題に苦しめられていることが明かされる。彼女の母は過干渉で教育に厳しく、大学生になった今でも一人暮らしの部屋に押しかけ、漫画家になる夢を否定し、進路を押し付けてくる。
この母親の振る舞いは作中では明確に度を越したものとして表現されているが、程度の差こそあれ、教育に強い期待を寄せる保護者自体は決して珍しい存在ではない。その中で山田さんは、蓄積されたストレスから、ティッシュや消しゴムを食べてしまうという異食症であることが示唆される。
そんな山田さんだが、みいちゃんを友達として気にかけ、その「めんどうくささ」と適度な距離を取りつつも寄り添おうとすることで、自分自身も少しずつ変わっていっているように見える。
このように、『みいちゃんと山田さん』のキャラクターそれぞれは極端なようで、現実に根ざした生きづらさを抱えており、亜月の言うように「あなたの周りにみいちゃんや山田さんみたいな人っていませんでしたか? または自分に似てる部分ってありませんか?」と、常に問いかけてくる作品となっているのである。

