
SNSを眺めていると、攻撃的なコメントが並び、誰かを傷つける投稿が拡散され、事実と異なる情報があっという間に広がっていく光景が頻繁に目に飛び込んできます。
そのため「世間にはろくな人間がいない」「世も末だ」と感じている人も少なくないでしょう。
しかし実際、周囲を見回してみると知り合いや友達の中に、ネットで見かけるほど極端な人はほとんど見かけません。
これはみんなネットの中では本心をさらけ出しているからなのでしょうか?
スタンフォード大学(Stanford University)の研究者アンジェラ・Y・リー氏(Angela Y. Lee)らの研究チームは、多くの人がネットを通して直感的に感じる有害な人の数が、実際とは大きく異なっている可能性を指摘しています。
研究者が着目したのは、有害な投稿がどれだけ多いかではなく、人々が「どれくらいの人数が有害な投稿を行っていると考えているか」という点でした。
その結果、多くの人が実際のデータと比べて、10倍以上多くのユーザーが有害な投稿をしていると見積もっていることが明らかになったのです。
私たちはネットを通すことで、社会が酷い事になっている印象を抱くことがありますが、実はこれは大きな錯覚の可能性があるようです。
この研究の詳細は、2025年12月16日付けで科学雑誌『PNAS Nexus』に掲載されています。
目次
- 【SNSの正体を探る】コメント量と実際の人数は一致しない
- 社会が実際より悪い場所に見えてしまっている
【SNSの正体を探る】コメント量と実際の人数は一致しない
これまでのネット利用状況を調査した研究では、批判的・攻撃的な投稿、ヘイト活動をする人は全体のごく一部でしかないということが繰り返し報告されています。
しかし、そうは言われても実際SNSなどで、猛烈な批判や攻撃的な投稿を目にすると、世の中にそんな意見の人が大勢いるように感じてしまうものです。
そこで今回の研究は、利用者の実態とは別に、世間の人々が自身の感覚として「ネットで有害な投稿をする人がどのくらいいると感じているのか?」という点に着目しました。
研究チームは1,000人近くのアメリカ人を対象に、Redditにおける「極めて有害な(トキシックな)コメント」や、Facebookで「フェイクニュースの共有」を行うユーザーが全体の何パーセントを占めると思うか、推定を求めました。
その結果、人々は平均して「Redditユーザーの約43%が有害なコメントを投稿している」「Facebookユーザーの約47%がフェイクニュースを拡散している」と考えていることが明らかになりました。
つまり、一般の感覚では、ネット利用者の半数近くが誹謗中傷や攻撃的な発言、偽情報の共有といった有害な投稿をしていると認識されていたのです。
しかし、プラットフォームの実データを分析すると、現実は全く異なっていました。
実際にRedditで極めて有害な投稿を行っていたのは全アカウントのわずか3%程度であり、Facebookでフェイクニュースを共有していたのも約8.5%に過ぎませんでした。特にフェイクニュースを頻繁に共有するようなユーザーに限れば、その割合は0.5%未満でした。
これは私たちが実態の数倍~10倍近く、悪意のある人の数を過大評価していることを示唆しています。
ここで多くの人が抱くであろう疑問は、「そもそも一般人と研究者で『有害』の定義が違っていたのではないか?」という点です。
もし一般の人々が些細な言葉遣いまで「有害」と捉えていれば、このギャップは説明がつきます。しかし、研究チームが行った追加実験では、この可能性は否定されました。
参加者に実際のコメントを見せて判定させたところ、AIや研究者と近いレベルで有害性を識別できていました。つまり、人々は何が「毒」であるかは正しく理解しているにもかかわらず、その「毒」を撒いている人数だけを見誤っていたのです。
なぜこのような極端な認識のズレが生じるのでしょうか。その背景には、インターネット特有のコンテンツ生成構造があります。
第一に、1人が大量に投稿しているのか、大勢が似たような投稿を行っているのかを区別しづらいという問題です。
Redditでは、毒性の高い投稿をしたアカウントは全体の約3%に過ぎませんでしたが、彼らは非常に活動が活発で、なんとこの3%のユーザーで、有害・無害を問わずReddit上のコメント全体の約3分の1を生み出していました。
つまり、ごく少数でも驚くほど大量の投稿をするユーザーがいると、タイムライン上でその主張の存在感が大きくなり、「こんな投稿をする人が大勢いる」と錯覚しやすくしてしまうのです。
第二に、SNSのアルゴリズムは刺激的な投稿を目立たせる特性があります。議論を呼ぶ内容ほど上位に表示されるため、有害な投稿が目に入りやすくなります。
第三に、人間の脳は否定的な情報ほど記憶に残りやすい「ネガティビティ・バイアス」を持っています。そのため、有害な投稿ばかりが心に残り、実際より多く見えやすくなります。
こうした複数の要因が重なることで、「ごく少数の活動的ユーザーの投稿」が「あたかも多くの人の行動」であるかのような印象をつくり出してしまうのです。
社会が実際より悪い場所に見えてしまっている
研究チームはさらに、この誤解が人々の気持ちや社会への見方にどのような影響を与えるのかを調べました。
参加者を2つのグループに分け、片方には「実際に有害な投稿をしているユーザーは少数派である」という事実をまとめた短い文章を読んでもらい、その後の心理状態を測定しました。
すると、事実を知ったグループは、知らなかったグループに比べて気分が前向きになり、アメリカ社会が“道徳的に悪化している”という感覚も弱くなっていました。
また、「ほかの一般ユーザーは有害な投稿を望んでいない」という理解が高まり、自分と他人の価値観のズレを過大評価する傾向も改善されていました。
ただし、この実験では、冷笑的な見方や、人間に対する信頼感のようなものは、短い情報提供だけでは特に変化が見られませんでした。
つまり、SNSを見て感じる「社会が道徳的に悪化している」といった印象は、事実を知るだけでも和らぐ余地がある一方で、世の中や他人を根本的にどう見るかという土台は、もっと時間をかけて形づくられているもので簡単には変わらないことを示しています。
研究者は、SNSで目にする光景が“社会全体の縮図”ではないことを理解することが、健全な社会観を保つうえで重要だと指摘しています。
もしSNSが社会への不信感や分断を強めていると感じているのなら、それはただの錯覚かもしれません。現実そのものが急に変わったわけではありません。
実際には、ほんの少数のユーザーが大量に投稿しているだけなのに、その声が大きく見えることで、人々の認識がゆがんでしまうのです。
少なくとも今回のアメリカの調査が示す限り、SNSは現実の社会の投影というより、“活動量の極端に多い少数派の声”が増幅された空間でしかないことになります。
これはアメリカに限らず日本においても同様でしょう。
それを理解するだけでも、私たちが感じる不安や社会への不信感は大きく変わる可能性があります。
元論文
Americans overestimate how many social media users post harmful content
https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgaf310
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部

